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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十章~第十二章

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「はい、きっと喜んでいただけると思います。私が電話をしておきます。構いませんか?」
「それがいい、母親のように・・・って言われたんだからね。なんでもお願いできるよ」
「わがままは言えませんわ。長くお付き合いして行くのですから」
「そうかい、任せるよ。一緒に元日を迎えるといいから31日から出かけよう。そう伝えておいて」

志野は再び小百合と会えることが嬉しかった。話し終えた後直ぐに電話をかけた。

「もしもし、志野です。先だってはご親切にして頂き、ありがとうございました。お元気にされていましたか?」
「志野さん、電話ありがとう。元気よ、あなたは?」
「はい、おかげさまで何不自由なく過ごしております。今日は動物園に出かけておりました。少し前には東京へ剣道の先生に会いに行っておりましたし。いろいろと社会勉強をさせて頂いております。それに、来月から仕事を始めます。着付けのお仕事なんです」
「あら、忙しくしているのね。仕事始めるの、そう、良かったわね。たくさん学ぶことがあるから素敵なことよ。頑張ってね、解らないことがあったら聞いて頂戴、遠慮はいらないから。お母さんのようにしてあげたいの・・・」
「嬉しいです。ご好意に甘えさせて頂くかも知れません。実は、お正月にそちらへ伺おうと貴雄さんと話しておりました。大晦日から二人で行っても構いませんか?」
「ほんと!来てくれるの!・・・」

そう言った後、小百合は言葉にならなかった・・・本当に娘のように感じていたのだろう。その思いの強さを電話から感じ取った志野もまた同じように泣き出してしまった。貴雄はその光景を見て、二人のただならぬ縁を感じていた。

「ごめんなさい・・・泣いてしまって。どうかしているわね、あなたが帰った後もずっとあなたのことを思って過ごしてきたの。電話しようと何度も何度も思ったけど、迷惑だと思い、掛けられなかった。だから、本当に嬉しかったの、声が聞けて」
「小百合さま、志野も母のように慕わせて頂きとうございます。いつでも電話して下さいませ。私のほうからもいたしますので」
「ええ、ありがとう。そうさせていただくわ。良かった、あなたに逢える、そう思えるだけで幸せなの。無理しなくていいのよ、逢えるときに逢いましょうね」

志野は小百合の言葉が本当に母のように聞こえた。気丈に生きては来たが、母の居ない事が平気な訳ではない。いくら戦国の時代で育ったとはいえ、母は母、娘は娘、今の時代と変わろうはずが無い。貴雄もまた同じように思う一人でもあった。

仕事始めの朝がやってきた。早く目覚めて、準備をし下の階の亜矢のところで化粧をしてもらう約束をしていた。そういえば化粧なんかしてこなかったから、上手くゆかない。紅を引くぐらいしかしてなかったから。

「おはようございます。勝手言ってすみません」
「いいのよ、さあ、座って。あまり濃いと似合わないからうっすらとするわね。よく見て明日からは自分でするのよ。化粧品をここに買っておいたから持っていって、私からの就職祝いだから」
「亜矢さん・・・ありがとうございます。嬉しいです」
「そう良かったわ、喜んでもらえて」

通勤電車はラッシュとは反対方向なのでそれほど混んではいなかったが、座ることは出来なかった。先頭車両の中央部分に立って乗っている志野を数人の男性がちらちらと見ていた。感覚の鋭い志野にはその視線が痛いように解っている。なんだか恥ずかしいような、それでいて、睨み返したくなるような思いが交錯して、あっという間に終着駅に着いた感じがした。

駅から見える志野が勤めるホテルへ入った。挨拶を交わし、通されたスタッフルームで支配人からみんなに紹介された。
「今日から式場の衣装部で勤務する、木下志野さんです。早く仕事に慣れるように仲良くしてあげてください」そして、皆の前で挨拶をした。

「木下志野です。今日からお世話になります。皆様と同じように早く一人前になりたいと思いますので、よろしく御指導いただけますようお願い申し上げます」そう言って頭を下げた。

拍手が鳴る。社員の第一印象は好印象だった。物腰の丁寧さと、なんといってもその、美しさと若さが注目されたようだ。

勤務時間は基本10時から18時まで、式の行われる土曜日日曜日は必要に応じて勤務時間を交代で務める、そして休日は忙繁期を除き、月8日交代で取ると決まった。11月度の勤務予定シートに希望休日日を書き入れて後日調整して結果を渡すということになり、その日は帰った。いろいろと打合せを聞いて、本格的には明日からになる。帰りの電車は始発なので座れた。

午後六時を回って、もうこの時間真っ暗になっているので、電車が出発するときには結構混むようになっていた。暗くなるとそして寒くなると家路に急ぐようになるようだ。志野が座った前の席に少し酔っている男性が座った。電車が出発するとその揺れることを利用して、膝をわざと擦るような仕草をしてきた。始めは自然にそうなってしまうのだろうと気にしないでいたが、どうやらそうではなくわざとしているようだと感じ始めた。

少し足を引いて当たらないようにすると、男性は席から腰をずらして足が触れるような位置まで倒れこんできた。隣に座っている女性がその男性を見て注意をしてくれた。志野には意外なことだった。

「あなた、この方にわざと触るようにしているんじゃないの!」
むっとした顔つきになった男性がそう言った女性に向かって、
「何を言うんだ!この尼!・・・俺がそんなことをするか!前のねえちゃんが触ってきたんだろうが」

これには志野が切れた。
「何を言っているんですか!失礼な。あなたから触るようになさっているのに・・・」
男は今度は志野に向かって、
「なんだと!綺麗だと思ってりゃ付け上がりやがって!名誉毀損だぞ!どうしてくれる、皆見ている中で」
「まずはこちらの方に謝りなさい」
「はあ?何様だお前は?何で謝らなきゃいけないんだ!」
「酔っているのですね・・・このような場所で恥ずかしくないのですか?奥様も子供さんもいらっしゃるでしょうに」
「そんなもん、なんじゃい!くそ!気分悪いわ。次の駅で降りろ、ぶん殴ってやる」
男はそう言ってすっと立った。

志野も同じようにすっと立った。にらみつけたその目に男は少したじろいだ。隣に居た女性が心配そうに見ている。
「大丈夫ですから、任せてください。この人を駅の係りの方に引き渡しますので」そう言うと、我慢が出来なくなったのか、女になめられたと思ったのか、志野に食らい着いてきた。


-----第十一章  災難-----

志野は手を伸ばしてきた男の腕をつかんで、ねじりこむようにして引き寄せ、そのまま右ひじを背中の方に押し込むようにして、横向きになり押し倒して椅子にうつぶせになる格好で押さえつけた。それは一瞬であった。周りの乗客はあっけにとられて見ていたが、やがて大きなため息が聞こえた。「ほう・・・」