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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十章~第十二章

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「何がお粗末なものですか、それほど真剣を使えるものは今は居らんでしょう。聞いてはいけない事を尋ねますが、志野さんの刀さばきは実践で使っているものと見ました。間違っておりますかな?」
「いえ、そのとおりでございます」
「では、何ゆえそのようなものを覚えられたのじゃ?」
「必要だったからです。それ以上は申し上げられません。お許しください・・・」
「うむ・・・必要・・・そなたにか?」
「はい、私にも・・・でした」

山田は二人の話していることが理解できなかった。
「先生、志野さんに何がお聞きしたいのでしょう?私にはわかりかねますが・・・」
「美香、聞く必要はない。そなたは知らなくともよい事じゃ。それより、志野さんがもう来られない事のほうが残念じゃのう」
「ええ、先生そうなんです。せっかくお知り合いになれたのに」
「志野さん、頼みごとがあるのじゃが聞いて頂けますか?」
「はい、どのような事でございましょう?」
「私にはこの道場の跡継ぎがいないのです。美香が結婚したらここで暮らしてくれるように頼むつもりだったのですが、是非志野さんにもそうなったら遊びに来て、美香に居合いを指導してやって頂けませんか?」
「私がですか?先生が居られるじゃないですか?」
「私の居合いは作法としての型じゃ。そなたの実践を見て真に強い剣を美香に学ばせたい、そう思ったのだが、無理ですかのう・・・」
「先生。今の世に必要とは考えられませぬ。嗜みとしての形だけで構わないのではございませんか?」
「私は武術家の家に生まれて育てられた。生計よりも真実を極める事のほうが強い欲求となっている。今それが目覚めたのだよ、志野さんの剣で・・・」

志野には真田家の遠戚になっていた事情や、小百合の祖母も思い出されて、師の言葉がよく判るような気がしていた。

帰りの電車の中で志野と山田美香は携帯の番号を交換し合った。ぎこちないが志野は使えるようになっていた。もちろん簡単な機種ではあったが。家に帰ると、今日の事を貴雄に相談した。

「志野、そんな事があったのか・・・先生は何かを見抜いたな。多分信じられないことだったろうから、誰にも話せなかったのだろう。きっとこれからも。時間が許せば、キミの好きなようにすればいいよ。東京ぐらいこれからの稼ぎで十分に賄えるようになるから。自分のお金は自分で使えばいいし」
「貴雄さん、私は貴雄さんの傍がいいんです。出かけるならご一緒して欲しいです。ダメですか?」
「うん、そうだな。志野と一緒にいたい事はボクも同じだからな」
「はい、嬉しいです。美香さんから連絡があったら相談しますから」
「ああ、そうしてくれ。それと、動物園はどうなった?」
「はい、先週の日曜日は雨でしたから・・・取りやめになりました。言わなかったですね、ごめんなさい」
「構わないよ、怒っていないから。じゃあ次の日曜日だね?」
「多分そうなると思います。瑠璃ちゃん楽しみにしていましたから」
「そうだな。誰よりも志野に懐いているから、責任重大だな、ハハハ・・・」
「そうなんです・・・亜矢さんにもそう言われました。でも嬉しいです。瑠璃ちゃんは本当に自分の子供のように感じられますから・・・」

命をかけて真剣勝負が出来る強さと、貴雄に甘える仕草を持ち合わせた志野は、誰から見ても魅力的に写る女性になっていた。亜矢との出逢い、小百合との出逢い、美香との出逢い、そしてこれから始まる伊藤呉服店の従業員達との出逢い、誰からも愛される不思議な少女が今羽ばたこうとしている。

志野は亜矢と瑠璃3人で東山動物園に出かけた。隣接する植物園の紅葉も始まっていたので日曜日はとても混雑していた。例年より少し肌寒い10月の終わりの気候であったが、たくさんの人ごみの中で歩き、話し、珍しい動物たちを見たことで興奮して汗をかくほどに、志野は感じていた。

「瑠璃ちゃん、志野は初めて見る動物がいてとっても興奮したの。あの泳いでいた・・・ペンギンさん、折り紙を作ってくれたよね、とっても可愛くて気に入ったわ」
「しいちゃん、私も大好き、ペンギンさん。一緒だね」

もちろん像やキリンも初めて見たが、何より海の生き物は珍しく感じたのであろう。亜矢はきゃあきゃあ騒ぐ二人を見て自分に子供が二人居るような気持ちを覚えた。それほど目の前にいる志野は幼く感じられたのである。純真と言うのか、どこまでもいやみの無い清廉な乙女・・・自分が失ってしまったあの頃の思い出が同時に甦って来てとても羨ましく志野を見ていた。

「植物園のほうにも行って見ましょう!紅葉が見られるかも知れないよ。モノレールに乗ってゆきましょう」亜矢は二人に話しかけた。離れ難く感じていたが、亜矢に誘われるままモノレールの乗り場に並んで順番を待っていた。遊園地サイズの小さな乗り物は三人を乗せて、園内をぐるっと周り、植物園入り口に着いた。

花の木の紅葉がうっすら始まっていた。日当たりの良い園内を散歩して、小動物のふれあい広場を見て、再びモノレールに乗り動物園の出口から外に出て、食事を済ませて帰ってきた。疲れたのか電車で寝てしまった瑠璃を志野はずっと抱っこしていた。母親ではないがこうして抱いていると母性本能が目覚める。とても愛しいと感じる。亜矢は志野のその優しい表情にすでに母親の資格があると見て取った。先ほどは子供のように幼く感じていたのに、この変化はすごい。自分には持ち合わせていないオーラのようなものが出ていると感じていた。

三人はアパートに着いた。
「志野さん、瑠璃を抱っこしてくれてありがとう。疲れたでしょう?」
「いいえ、大丈夫です。腕力には自信がありますから」
「そうだったわね、うふっ、可笑しい」
「どうしてですか?亜矢さん」
「あなたは不思議な人ね。女性はね、腕力があるなんて言わないのよ、たとえ本当でも。あなたは正直すぎるわ。嘘でもいいから、疲れました、って言ったほうが可愛いのよ」
「そうなのですね・・・勉強になりました。もう直ぐ外に働きに出かけますので、気をつけてお話ししないとダメなんですね」
「そうね、バカ正直は喧嘩のもとだし、お世辞は嫌われる原因になるし、難しいのよ、職場というところは。あなたは新人だから、控えめにしていないといけないわね。自分から話すような人じゃないから安心だけど、少しは仲良くするために近づいてゆくことも必要なの。小さな話題を考えておくと、助けになるかも知れないね」
「はい、ありがとうございます。では、帰りますので、今日は本当にありがとうございました。瑠璃ちゃんが起きたら、またね、と言っておいて下さい」
「ええ、言っておくわ。じゃあ、また・・・貴雄さんによろしくね」

志野は貴雄に今日のことをたくさん話した。
「楽しかったようだね。可愛い動物は見ているだけで癒されるね。今度は水族館に連れて行ってあげよう。嫌というほどペンギンが見れるから」
「本当ですか?楽しみです。志野の休みが決まったらその日に瑠璃ちゃんを誘ってゆきましょう、いいでしょう?」
「ああ、構わないよ。そうだ、まだ早いけどお正月の休みに小百合さんの所へ泊まりに行こうか?この前は親切にしていただいたから・・・」