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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十章~第十二章

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-----第十章 新しい出会い-----

紅葉が始まろうとしている10月半ばになって、伯父の泰治から連絡があった。志野の仕事が決まった知らせであった。愛知県と岐阜県を分ける木曽川が傍を流れる犬山市にある結婚式場に、知人の呉服屋が出入りをすることになったので着付け出来る人を探しているということらしい。

目の前の駅から終点まで電車に乗ればそこへは着く。安心して通えることも魅力であった。早速貴雄は伯父と連れ立って志野を面接に行かせた。先方の人事の担当者は志野の若さとその出で立ちに驚かされたのか、二つ返事で来て欲しいと言ってくれた。志野はしばらくぶりに見る着物に喜びを感じた。結婚式用なので特に派手で立派なものが多かったから、目を引かれたのである。

先方の要望で志野はその場で羽織るように言われた。好きな柄を選んで、襦袢から着替えてみんなの前に出てきた。長い髪を一つに束ねて化粧を施した志野のその姿は、そのまま時代劇で登場できるほどピッタリと似合っていた。

「なんという美しさと、綺麗な着かたなんだ!驚きました」担当者は絶句したようだ。貴雄も伯父もその姿に見惚れていた。
「貴雄さん、いかがです?志野は」
「とても綺麗だよ。まるで淀君のようだ・・・」
言い得て適切な表現ではなかった。
「そのような、勿体無い事を・・・貴雄さんのお嫁さんのようだと、言って下さいませ」
「おいおい、仲がいいのだなあ、お前達は、ハハハ・・・」伯父は大声で笑い出した。言い方が可笑しかったのか担当者も声を出して笑ってしまった。
「すみません、私まで笑ってしまいまして・・・志野さんは、きっとこの式場の人気者になりますよ。保証します」
「ありがとうございます。ここで一生懸命に働かせて頂きます。よろしくお願いします」深く頭を下げて、その品性も担当者には好印象だった。

一通りの打ち合わせと、仕事の内容について双方で確認し合い、11月1日から働くことに決まった。履歴書には木下志野、1993年4月2日生まれ、愛知県名古屋市中村区・・・そう書いてあった。学歴の欄は伯父の地元の小学校と中学校の名前が書かれてあった。戸籍は1994年なのでそれを調べる事はないと思えたが、伯父は支配人にいきさつの一部を話してくれていた。仕事の内容が着付けだけに、そのような形式ばった事は会社にとってどうでも良かった。

目の前にいる志野が気に入ったのだから、履歴書など形式だけのことになっていた。帰り道で、電車の時間を調べて、通勤のための準備をあれこれと話し合った。基本的に洋装で接客をするので制服が貸し出される。着替えやすい服を何着か買って、恥ずかしくない服装で通勤させたいと、貴雄は考えていた。志野は伊藤呉服店から渡されたマニュアルのようなものを何度も読み返していた。ところどころカタカナやわからない外来語があったので聞きながら、添え書きをして覚えるようにした。

志野にとって一番の心配事はお客様に自分の事を聞かれたときの受け答えだ。年齢は正直に言えばいいが、両親の事や、映画やテレビの話題について行けるか、音楽の話について行けるかなど、悩みは多かった。貴雄は勤務まで半月あるから、話題の映画やテレビドラマ、スポーツなどを良く観るように勧めた。そして、理解しにくい西洋音楽の歌も聞くように言った。

幸い、階下の佐伯亜矢と仲が良かったので、毎日のように会って、いろんな話をするようにしていた。亜矢は志野の就職をとても喜んでくれた。貴雄も招いて自宅でお祝いパーティーを開くと日にちを決めて準備を始めた。瑠璃はその日のために折り紙で何か作り始めていた。

「志野さんの就職に乾杯!」その一声でパーティーは始まった。

「しーちゃん、おめでとう。これプレゼント!」瑠璃は一生懸命に作った志野へのプレゼントを渡した。折り紙で作られたそれは小さな動物園だった。像がいて、キリンがいて、ウサギがいて、ペンギンもいた。不思議そうに眺めながら、じっと見ていると、「しーちゃん、今度一緒に動物園に行こうよ。ここにいるのは瑠璃の大好きな動物なの」そう話しかけた。

「動物園・・・楽しみにしているね。瑠璃ちゃんありがとう、一生懸命に作ってくれたのよね・・・大切にするわ」ニコニコしている瑠璃の表情に志野はとても優しい気持ちを貰えたようで感動した。母親の亜矢が続けて、
「そうよね、志野さん動物園に行った事がないようだから、今度の日曜日にでも一緒に行きましょう、ね、貴雄さんいいでしょ?」
「ああ、ボクは仕事だから、連れて行ってあげて下さい。志野、行っといで、きっと気に入るところだから」
「はい、じゃあ、瑠璃ちゃん一緒に行きましょうね」
「わーい、やった!ママ約束だよ、指きりげんまん・・・」

三人の細い小指が絡まって、約束の儀式をした。

志野は仕事が決まったので、土曜日に通っていた剣道を辞めないといけなくなった。山田講師にその事を話すととっても寂しがって何とか都合が変えられないか聞かれたが、志野には無理な相談だった。山田は師匠に是非に会って欲しいといっていたので、今月中に日取りを決め、最初で最後の面会に行く事を約束してもらった。北辰一刀流の流れを汲む流派で剣術を修行し、居合いを指導しているその師は、東京に住んでいた。100年も前ならきっと大きな道場であったに違いないが、今はこじんまりとした古い建物で一人暮らしをしてた。

「先生、お連れいたしました。こちらが木下志野さんです」
玄関に出てきた師は志野を見ると一目でその筋に通じる気配を読み取った。

離れが道場になっていたが、今は誰も稽古をしていなかった。和室に通され、奥様からお茶を戴き、三人は話し始めた。

「名前は木下志野さんと言われるのでしたね」
「はい、そうです」
「失礼じゃがお歳はお幾つでいらっしゃるのかな」
「十六でございます」
「ほう、そうするとまだ、高校生ということになりますかな」
「いえ、来月より仕事に就かせていただきます」
「そうでしたか・・・若いのにご立派ですのう。ところで、剣道は誰に習われておったのですか?」
「はい、初めは父でしたが、十のときに剣術の指南を受けました。名前は・・・お許しください、申せません」
「構いませんよ。ご事情がおありのようだからのう。山田から聞き及んではおりますが、なかなかの使い手だとか。あなたの佇まいを拝見しているだけでその雰囲気は伝わります。居合いはご存知か?」
「はい」
「では、真剣は持たれた事がおありですか?」
「はい」
「うむ。私にあなたの居合いを見せてはいただけませんか?」
「はい、光栄です。しかし、今日はその・・・相応しい服装ではございませんが・・・」
「宜しい、お貸ししましょう」

袴姿の志野が真剣を手にした。六月には徳川の武将と斬り合いをしたばかりだったので、記憶に新しい真剣の重みではあった。さっと抜くと上段から斜め下に斬り刃先を返して横に払う。いくつかの所作を見て、師は唸った。
「志野殿の剣は・・・実戦型じゃ。何故、それを使えるのか・・・これは大変なものを見てしまった」

山田と師に向かって礼をして、鞘に刀を納めた。両手を床について、お辞儀をする。

「お粗末でございました」志野はそう言った。