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てっしゅう
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「不思議な夏」 第七章~第九章

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「そんな事はないよ。志野はいじらしくて可愛い人だよ。信念が強いから、曲がった事は嫌いなだけ。今の女性にはない魅力だから自信を持たないと・・・」
「はい、ありがとうございます。貴雄さんは・・・やはり、素敵な方です。小百合様の仰るとおり・・・です」
「そんな事話したの?」
「ええ、母親のように慕いなさい・・・って仰って頂きましたの」
「なるほど・・・それは心強いね。志野の強い味方現る!だな、ハハハ・・・」

志野もその言い方が可笑しかったのか、一緒になって笑い始めた。

あっという間の二日間を終えて4人は自宅に戻ってきた。最寄の駅に降り立ちこの二日間を振り返るかのように後ろを振り返る志野の傍を乗せて来た電車が通り過ぎる。目の前に見えるアパートがなんだか懐かしく感じられた。亜矢の部屋に別れを告げて、志野と貴雄は自宅の扉を開け中に入った。

「お疲れ様、いろんな事があったね、疲れてないかい?」貴雄は聞いた。
「いいえ、私は平気です。貴雄さんこそお疲れなのでは?」
「大丈夫だよ。ボクにとっても新しい志野を発見出来た意義のある旅だったよ」
「嬉しいです。なんだか偶然と運命が重なってゆく自分を感じて、この世界で生きて行くと言う覚悟が出来ました。生きることを諦めかけていた最後の日、自分をこの世界へ導いてくれた大きな力がここから発せられていたのだと、確信いたしました」
「志野、素晴らしい考えだよ。偶然は知らされずに与えられた必然だよ。それを予測する事が出来ないから、人はその場限りの事って決めてしまうんだよ。自分に与えられた運命だと感じられる事は志野の成長だと思うな」
「ええ、そのように受け止められた事はこれまでの自分を否定することなく、肯定できる事なので、自信がつきました。貴雄さんに逢わなかったらこんな経験は出来ませんでしたから、本当に一番の偶然は貴雄さんとの出逢いだと思います。それが志野のすべてだとも思っております」
「ボクたちはもう他人じゃないから・・・お互いの運命を信じて、仲良く、そして幸せな未来を築いてゆこう」
「はい、ずっと貴雄さんのお傍におります。志野にはすべてでございますから・・・強くお慕い申し上げております」
「志野・・・そういう時は、お慕いじゃなく、愛してる・・・と言うんだよ。ボクも志野の事を一番愛しているから」
「愛してる・・・はい、愛しております」

16歳の誕生日など待つ意味がないとさえ思えた貴雄であったが、夫婦として生活してゆくためには世間の常識を破ってはいけないと自粛した。

暑かった八月が過ぎ、暦が変わった頃貴雄に一通のメールが届いた。それは、志野が世話になった大阪の赤十字病院の宮前医師からのものだった。その後の体調や暮らしぶりを心配してくれたのか、様子を知らせて欲しいと書かれてあった。そして最後に、9月の第一週目の水曜日と木曜日に学会の研修会で名古屋に行くから、会って欲しいと結んであった。

宮前理香・・・気を失っていた志野を救急車で運び込んで見てもらった、大阪上本町にある赤十字病院の精神内科医である。体型が似ていたこともあって、ずぶぬれになっていた着物の代わりにスポーツウェアーを借りる世話にもなった医師だ。二人の事が心配になっていたのか、連絡をくれた事が嬉しかった。

「志野、覚えているかい?宮前医師の事?」
「宮前・・・病院の先生でしたね。覚えていますよ。確か私に衣服を貸して下さった女性の先生ですね」
「そうだよ、その先生が今度の水曜日と木曜日にこちらへ来られるので、キミに会いたいそうだよ」
「そうですか・・・きちんとお礼を申し上げていませんでしたから、お会い出来ましたらお礼申し上げたいです」
「良かった・・・じゃあ返事しておくから」

貴雄は水曜日の都合の良い時間に会いたいとメールで返事した。しばらくして、宮前医師から「では、夕飯をご一緒にしたいので、6時にホテルのロビーでお待ちしています」と返事が来た。名古屋駅にあるマリオットのロビーに宮前理香は待っていた。そこに居たのは白衣の医師ではなく、理知的で魅力的な一人の女性であった。

「先生!お久しぶりです。木下です」
「こんばんわ、お待ちしてたわ。志野さん?へえ~変わるものね。こんなお嬢さんだったのね・・・ビックリ」
「先生、お会い出来て嬉しいです。お世話になったお礼も申し上げませんで、本当にありがとうございました」
「いいえ、礼には及びませんわ。医師として当たり前の事をしただけですから・・・」

宮前は志野の変化に本当に驚かされてしまった。

最上階にあるラウンジバーに入り、窓側のテーブルに座った。51階から眺める景観は素晴らしいものであった。まもなく日が落ちてネオンに照らされたビルや市街地の光景が見られる。

「私はカクテルを頂くわ、木下さんはどうされる?」宮前は尋ねた。
「はい、ではあまり飲んだことがありませんが、同じカクテルを頂きます。志野はアルコールはダメだから、どうする?」
「志野さんにはノンアルコールのカクテルを作ってもらいましょう。お揃いのカクテルグラスで乾杯しなきゃ」

バーテンダーに注文して、色鮮やかなカクテルが三つ並んだ。
「今日は二人揃って来てくれてありがとう。素敵な出会いと志野さんの美貌に乾杯!」志野は二人がすることを真似てグラスをカチンと合わせた。初めて見る飲み物を口にしたとたん、その刺激的で口当たりの良い感触に、「美味しい!」と声を上げてしまった。

「良かった、志野さんが気に入ってくれて。カクテルの名前は、サマーデライトって言うのよ。とっても綺麗な赤色でしょ?石榴を意味するグレナデンシロップの色なの」
「石榴ですか・・・なるほど、女性に良いという事にもなりますね?」貴雄は宮前にそう聞いた。
「ええ、でも今は石榴は使ってないと思うから、美容の効果は無いと思うわ」
志野は会話の意味が解らないから入れなかった。

「石榴ってなんですの?」
「そうか、知らないのか・・・果物だよ、赤い果実で小さい実がたくさんついているんだよ。かじって食べるものじゃなく、ジュースとか、サラダに入れてその色と独特の酸っぱさを楽しむかな」
「そうですか・・・でも甘いですよ」
「カクテルと言うのは混ぜ飲み物と言う意味だから、他に甘くする砂糖が入っているよ、ねえ先生?」
「そうよ、ライムジュースとグレナデンシロップ、シュガーシロップそれに炭酸水かな」
「いろいろ混ざって作られているのですね。とても美味しいです。お代わりしてはいけないですか?」
「構わないよ、じゃあ頼んであげるから。僕たちもお代わりですよね?先生?」
「ええ、そうしましょう」

二杯目が来た頃に食事が運ばれてきた。前菜から始まるコースディナーの始まりだった。初めて口にするものが多かった志野は、濃厚で見栄えも綺麗な料理に箸が進んだ・・・いや、フォークナイフが進んだと言うべきか。

志野は器用にフォークとナイフを使っていた。当たり前の光景だが、宮前は驚いていた。貴雄の教育がしっかりとしていたのだろう。二人がとてもよい関係にあることを伺わせる証拠になっていた。食べ終えると外は暗くなり、想像していた通りの夜景が眼下に広がっていた。