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てっしゅう
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「不思議な夏」 第七章~第九章

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「お答えしなくてはいけませんか?二人だけにして頂けるなら、お話します」
「そのような・・・大切な意味合いがおありなんですね・・・かしこまりました。私の部屋に来て頂いてお伺いしたいです。その間、皆様には当館の自慢の炭酸泉のお風呂とこの湧き水の沸かし湯のお風呂に入っていて下さいませ」

そう言われて、案内されるがままに貴雄と亜矢、瑠璃は入浴させてもらった。

小百合の部屋に案内される前に志野は先祖の仏壇の前で手を合わせお経を読ませてもらった。その様子を見て小百合はただならぬ雰囲気を感じていた。このような娘が般若心経と南無阿弥陀仏をまるで尼が唱えるように空読んでいたからである。

「小百合様、ありがとうございました」
「志野様、お礼を申し上げるのはこちらでございます。あなた様のようなお若い方にこのようなありがたいお経を読んでいただき、祖父も祖母も父も母も喜んでおりましょう。私には驚かされることばかりでございます」
「いえ、そのようにお褒めいただきましては、お恥ずかしゅう存じます。拙い経でございますゆえ、お許しくださいませ」

志野はこの場の雰囲気と小百合の物腰のためか、言葉遣いが昔のように戻ってしまっていた。

「志野さま、何をお聞きしても驚きません。もしお許しいただけるのなら、すべてを語っていただけませんか?他人のような気が致しませんのでお願い申し上げます」
「はい、小百合様・・・私は何故そうなったのか存じませんが、500年の時を超えてこの時代に参りました。真田村出身で幸村様に従って大阪に参り、家康公に追い詰められ、大阪城から投身しましたところ・・・なぜか堀に落ち貴雄さんに助けられました。そのご縁でご一緒いたしております。初めは何がどうなっておるのやら解りませんでしたが、貴雄さんの優しさと気遣いでここまで来ることが出来ました。動揺はまだ残っておりますが、この地に来たのも貴雄さんの勧めだったのです」
「・・・なんということ・・・南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、先祖の霊が志野様をここへ導いて下さったのでしょう。このような出逢いが待っていたとは・・・これからもこの村と真田家の霊を大切にお守りしてゆかねばなりませぬ」
「小百合様、すばらしいことを言われましたね。志野は感激いたしました。きっと祖母様の霊が私をお呼びになられたのでしょう。ありがたいことです・・・南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏」

小百合はその感激と興奮のあまりその場に泣き崩れてしまった。肩をさすりながら志野もまた泣いていた。時が違えば親子や祖母と孫のような関係になっていたかも知れない二人であった。

「私は志野さまが命を落とされずに、ここにおられることが、祖母のお導きだと考えております。何か大きな意味が私たちの出逢いにあるのではないでしょうか・・・そのような気がしてなりません」
「私を助けて頂いた貴雄さんは、木下貴雄さんといいまして、仕えておりました秀頼様の父、太閤様の血筋を引かれる方でした。その偶然に驚かされ運命の悪戯と言うのでしょうか、自分の人生を粗末にしてはいけないと考えさせられております」
「そうでしたか・・・木下様とのご縁も運命的だったのですね。お優しい方のようにお見受けいたしますので女の幸せを志野様はきっと全うされることでしょう。離れてはおりますが、この地より小百合はお祈りさせて頂きます」
「ありがとうございます。志野には今の住まいがふるさとだと思うようにいたします。真田村は確かに生まれたところではありますが、私が帰る場所はございません。小百合様にお目にかかれて、自分のふるさとがはっきりと解りました。私と貴雄さんとで作ってゆく家庭が自分の居場所であり、自分の生まれ故郷であると考えております」
「過去に帰れない志野さんにはそれが一番だと私も思います。厚かましいですが母のように慕っていただければ、いつでもここにおいで下さいませ。このままさようならでは、私はあまりにも悲しすぎます・・・」

志野は小百合の言葉に頷き、時々この地を訪ねたいと約束をした。小百合は遠慮は要らない、娘のように接したいと重ねて申し入れた。志野には有り難い小百合の言葉だった。
お風呂から出てきた貴雄と亜矢、瑠璃の三人は、志野の笑顔を見て何の話をしたのか聴くこともなく、普段どおりの会話を始めた。気遣いのできるこの三人も志野にとってふるさとであった。

「皆様、お食事の準備が整いましたので、御案内させていただきます」
女将の言葉に甘えて4人は昼食を食べた。山の幸と川の幸に舌鼓を打ちながら女将に感謝をして、呼んでもらったタクシーに乗って上田駅まで戻っていった。

志野はずっと黙っていた。その目はうつろで何かを訴えているようにも貴雄には見えた。しかし、今は聞かなかった。やがて志野は貴雄の手を握り、「ありがとう」とだけ呟いた。亜矢はその女心が手に取るように知りえたのか、涙をこぼした。
「ママ?どうして泣いているの?」
瑠璃はあどけない表情で聞いた。
「ううん、ゴメンね瑠璃。何でもないのよ・・・ちょっと思い出したことがあって・・・しんみりとなっちゃったの」
「そう、良かった・・・ママが泣くと瑠璃も泣きたくなるから」

今度はその言葉を聞いた志野が涙をこぼした。
「しいちゃん・・・も思い出したの?」
「うん、ママと同じね・・・亜矢さん、ありがとう」

貴雄は二人の会話の奥に、女心の切なさと、お互いを思いやる優しさ・・・いや、母性本能の大きさを知った。確実に志野は女将に逢ってから変わっていた。より女になったというか、覚悟を据えたと言うか、一回り大きく見えるようになったのだ。

4人を乗せた新幹線は長野駅にまもなく着いた。善光寺にお参りして、少し在来線で引き返し、今夜の宿戸倉上山田温泉に向かった。


-----第九章 再会-----

戸倉上山田温泉は傍に千曲川が流れる50軒ほどの温泉街である。明治時代に温泉場として開発されたようであるが、色町としても栄えた温泉街は賑わいを見せていた。夜の温泉街は幾つもの明かりに照らされて、客を誘っていた。貴雄と志野は夕涼みを兼ねて温泉街を散策した。芸妓の姿を見つけた志野は、時折城の中で行われていた宴を思い出した。

「貴雄さん、あの方達はお座敷に行かれるのでしょうね」
「多分ね。ボクは芸者遊びを知らないから解らないけど、三味線弾いて、小唄とか歌って芸を披露するんだろうね」
「そうですか・・・殿方の楽しみなんですね」
「まあ、そういうわけだね。昔は当たり前のように温泉宿では芸者を呼んで唄ったり、踊ったりして、夜を過ごしたんだろうね。何もなかった時代だったからそれが楽しみだったようだね」
「貴雄さんは、そのような遊びはなさりたいと思われませんか?」
「ええ?ボクが・・・ん~、考えられないなあ、多分」
「私に遠慮は要りませんよ。妬いたりする女じゃないですから」
「それはそれで淋しいなあ・・・嫉妬は女のいじらしさだからなあ」
「いじらしい女性が好きなんですね?」
「男はみんなそうだと思うよ」
「私は勝気で男勝りですから・・・お気に召しませんでしょうね?」