「不思議な夏」 第七章~第九章
「宝石箱のような綺麗な夜景だね」貴雄はそう言った。
「そうよね、都会ではこの夜景が一番の美しさよね。どんな田舎の自然の美しさも、ここから見る夜景には敵わない・・・特に好き同士のカップルにはそう映るよね?」
「先生、冷やかさないでくださいよ。それより、先生の美しさには敵わないと思いますよ」
「まあ、木下さんたら・・・いつからそんなお世辞が上手くなったの?」
「本当ですよ。病院で見た時とぜんぜん違いますから。志野もそう思うだろう?」
「はい、貴雄さんの言うとおり、とてもお綺麗ですわ。素敵な服装でいらっしゃるし・・・大人の雰囲気で私なんか子供っぽいですから恥ずかしいです」
「志野さんには、今の若い女性に無い美しさを感じるわよ。端正で、佇まいがきちんとしているところなんかがね。話し言葉もとても素敵だし。木下さんとの出逢いが素晴らしいことだったのね。良かったわ、あなたにお目にかかれて・・・今でも信じられないけど、これからが楽しみですわ。私は一人身だから、気軽なの。時々会って話をしましょうね?」
「ご結婚なされていないのですか?まだお若いのですね」
「あら、そう見える?今年30よ。三十路・・・もう曲がっちゃってから久しいわ、木下さん誰か良い人居ない?」
「それって、冗談ですよね?お医者様でその容姿で彼が居ないなんて、ありえないですよ。なあ、志野?」
「もし先生がお一人なんでしたら、世の男性の目がおかしいですわ。早くお相手が見つかることを願っています」
「ご親切に・・・ありがとうって言いたいけど、本当なのよ。縁が無かったわけじゃないのよ。結婚まで行かなかっただけ。精神科医って大変なのよ。解るかなあ・・・時折自分が変になることがある。周りが普通じゃなくなってしまうからね。その中に居ると、混乱するの。交際相手にも自分をさらけ出して、嫌われてしまうの。こんな嫁は遠慮したいって、なっちゃうのよね」
貴雄と志野は、そんなものかと聞いていた。医者なんてエリートだと考えていたが、結構大変な仕事なんだと知らされた。
「志野さんは木下さんが好きなのよね?」
「・・・はい、そう見えますか」
「そうあって欲しいから聞いたのよ。あなたのこと一番理解してらっしゃるのは木下さんだからね。今もこれからもよ。私が好きになっちゃうぐらい素敵。お話したらそのことが解るから」
「先生・・・志野は男の方を初めて好きになりました。貴雄さんが居られなかったら、志野は生きてゆくことが出来なかったでしょう。命の恩人という感情から、大切にしたい人になり、離れられない人に今はなっています」
「そう、良かったわ。素晴らしいこと。早く結婚して子供生んで幸せな家庭を作らなきゃね」
「ありがとうございます。私の16歳の誕生日に夫婦になろうと貴雄さんは言ってくれました。早すぎると世間は言うかもしれないけど、法律で許されるからそうしようって」
「素敵!16歳でね。早くなんか無いわよ、あなたならぜんぜんおかしくないもの。木下さん約束守ってあげてね」
貴雄は言うべきかどうか迷っていたが医師という立場の宮前に誰にも話せない悩みを聞いてもらうことにした。
「先生、約束は守ります。心配しないで下さい。志野の身体はもう十分大人ですし、子供も元気に生めると思います。問題は・・・その後です。500年前の日本人の平均寿命は50歳です。身体の仕組みがそうなっているのなら、志野もそのはずです。ボクとの年齢差が9歳。還暦を迎えると悲しい別れをしなければならない、そう考えると辛いんです。医学的に検査してそうなるかどうか見ていただくことは出来るのでしょうか?」
「木下さん、そんなことで悩んでいらしたの?」
「ええ?大きな問題だと思うんですが・・・」
「本当ならそうよね。でもそんなこと誰もわからないことよ。じゃあ、この年に生まれた赤ちゃんが、500年前に戻ったとして、80歳以上生きられるのかしら?」
「それは・・・考えられませんね。そうですね、そんな先のこと心配するほうが間違っていますよね」
「そうでしょ?あなたと志野さんはずっと一緒に暮らせるわよ。そう信じて励ましあわなきゃ・・・」
「はい、ありがとうございます。安心しました、先生に聞いてよかったです。志野も安心できたと思いますから」
宮前は避けられないことなら避けないで居たほうが良いと思っただけである。
「あら、もう10時だわ・・・明日朝早いからそろそろお暇しようかしら。ごめんなさいねこんな時間まで引き止めて」宮前医師はそう言った。
「先生、こちらこそわざわざ会って頂きありがとうございました。またこちらへ来られたら是非立寄ってください。いろいろと御案内させていただきますから」
「そう、楽しみね。ありがとう。幸せになってね、志野さん。貴雄さん、浮気しちゃダメよ、こんな可愛い奥様がいるんだから!」
「先生・・・今からそれですか、そんなことしませんよ。志野は宝物ですから」
「貴雄さん・・・志野は幸せです。そう言って頂けるだけで。先生は素敵な方ですから、仲良くしてあげて下さい。志野は先生なら、お許しいたしますから・・・」
「志野さん、どういう意味?」宮前は疑問に感じた。
「貴雄さんが先生のことを気に入っておられるのなら、仲良くされても構わない、と言うことですが・・・」
「あなた、何を言っているのか解ってらっしゃるの?」
貴雄は口を挟んだ。
「先生、すみません。言葉が足りませんでした。この時代の女性は夫が第二婦人、つまり妾を持つと言うことに抵抗が無かったから、志野はそう言ったのでしょう。本心ではありません」
「それは殿様とか位の高い人だからあったことなんでしょう?違うの、志野さん?」
「ええ、養うことが出来るという事になりますが、貴雄さんならふさわしいかと・・・言ってしまってなんですが、本心ではありません。申し訳ございませんでした」
「ならいいのよ。二度とそんなこと思っちゃいけないわ。あなたには貴雄さんだけ、そして貴雄さんもあなただけ。そう覚えておいてね」
「はい、風習に縛られるのではなく、自分の思いを大切にしてゆきます。ありがとうございました、先生」
貴雄も安心した。笑顔で宮前は二人と別れて、部屋に戻っていった。帰り道、志野は貴雄が自分ひとりだけを愛してくれることに喜びをかみしめていた。
作品名:「不思議な夏」 第七章~第九章 作家名:てっしゅう