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てっしゅう
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「不思議な夏」 第七章~第九章

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「志野さん?いい事あったのね・・・なんだか優しい顔になっているから」
「そんなふうに見えますか?恥ずかしいです・・・」
「あら、・・・恥ずかしい事があったのね!」
「ママ!恥ずかしい事って何?」
「瑠璃には難しいかしら・・・大人になったら話してあげるね」
「うん、約束だよ・・・」

子供は感性が鋭いから、志野の変化に気付いていただろうが、言葉には出来ないでいた。
「貴雄お兄ちゃんは?どこ」
「志野も探しているんだけど、起きた時には居なかったのよ」
「志野さん、きっとお風呂じゃない・・・早く目覚めたので、大浴場にきっと入っているんじゃないかしら」
「そうかも知れませんね。お茶でも入れましょうか?」
「志野さん気を遣ってくれなくてもいいのよ、ご飯のときで構わないから。それより・・・教えて、夫婦になったの?」
「亜矢さん・・・はい、そうだと思います」
「だと思う?解らなかったの?」
「いいえ、そういう意味じゃ・・・なんだか良く覚えていないんです。夢中でしたから・・・」
「そうなのね・・・私もそうだったから、解るわ。これからが大切ね、優しさに慣れっこにならないようにしないとね」
「はい、その通りだと思います。ありがとうございます」

ガラガラっと障子扉が開いて貴雄が入ってきた。
「いや~いいお湯だったよ。志野はまだ寝ていたから起こさないように一人で大浴場に入ってきた。皆さんお揃いですね」

亜矢は貴雄の表情も志野と変わらないぐらい、爽やかになっていることに二人の過ごした時を確信した。

下の階の大広間で揃って朝ごはんを食べて、出発までの時間を部屋で過ごしていた。隣の部屋から荷物をまとめて着替えを済ませ、亜矢と瑠璃が入ってきた。

貴雄も志野も着替えて準備を済ませていた。玄関先で仲居さんと女将さんに見送られて、4人が乗った車は軽井沢へと出発した。JRの駅前は夏休みの家族連れなどで結構混雑していた。長野新幹線で上田まで乗り、志野のふるさと真田村に向かった。

山間の景色は昔と変わらない。幹線道路から一歩中に入ると、もうそこは志野が住んでいた時代と区別がつかないほど手付かずになっている場所もあった。今は秘湯温泉地として季節によっては賑わいを見せる場所になっていた。猿飛佐助が修行したといわれる角間渓谷は真田家の居館もあったらしい。この時期は訪れる観光客も少なく、地元農家の人たちだけのひっそりとした村である。

「変わってはおりますが、記憶に残る場所がございました。この先にある温泉には時折家族で参り、帰りに湧き水を持ち帰って、病気の人に飲ませたりしておりました。真田村の人たちはこの水のおかげで、長生きしていると聞かされました。今でも飲めるのでしょうか?」
「さて、どうかな。温泉まで行って聞いてみようか?」
「ええ、足を伸ばしましょう」

タクシーのドライバーに頼んで温泉まで移動してもらった。二人の会話を聞いて、亜矢は何を話しているのか理解できなかった。怪訝そうな表情の亜矢に向かって貴雄は、
「亜矢さん、説明は後でしますから今は聞くだけにしていて下さい。お願いします」
「ええ、わかりました」

角間温泉は昔から地元の人と宿泊客だけにしか共同浴場を使わせなかった。その名残が残っており、一般の立ち寄りでは入浴できないように鍵がかかっている。志野は一軒の旅館に入り、真田の湧き水があるかどうか聞いてみた。

「おじゃまします・・・あのう、教えていただけませんか?」
「はい、いらっしゃいませ。どのような御用件でしょうか?」
宿の女将は志野を見て不思議そうな顔をした。
「昔からの言い伝えで病が治る湧き水があると聞き及んでいます。ご存知でしょうか?」
「ええ、真田水のことですね。この地を治めていた真田家が重宝していたと伝えられていますよ。今では名前を頂いて、真田水と呼び、当館ではお風呂のお湯にも使わせていただいております。ご飲用も可能ですよ」
「そうでしたか・・・安心しました」
「安心?それはまたどういう含みなんでしょうか?」
「いいえ、言葉が違っておりました、申し訳ございません。是非頂きたいのですが無理でしょうか?」
「ええ、宜しかったらこちらへどうぞ、御案内します」
「ありがとうございます。連れがおりますので後3人ご一緒させて頂いて構いませんか?」
「そうぞ、お待ちしていますから・・・」

女将は志野に不思議な感情を抱き始めた。その物腰の丁寧さといい、言葉遣いといい、年齢から想像できる範囲ではなかったからだ。今時珍しい長い髪と澄んだ瞳の美しさも気持ちを捉えていた。ぽっかりと歴史の教科書から抜け出したような錯覚を覚えていた。

「お待たせしました。連れて参りましたので・・・」
「おじゃまします。木下といいます。こちらは亜矢さんと瑠璃、あのう妻と子供ではありません・・・何と言いますか、ご近所さんです」
「そのようなこと御説明いただけなくても結構ですよ」貴雄の顔を見てくすっと笑った。

奥に通されて真田水と書かれた蛇口から、湧き水は直ぐに出てきた。のどを潤して、みんなはその美味しさに感動した。
「生き返った様な気持ちになりました。ありがとうございました」
「お名前を聞かせて頂けませんか?」女将が尋ねた。
「はい、志野、木下志野といいます」
「志野さま・・・この宿の女将で小百合と言います。お急ぎでなければ、ごゆっくりなさいませんか?お部屋御用意します。お話がしたくなりましたの・・・志野さまと」

好意に甘えて、4人は旅館に上がり休憩することにした。

「お呼び立てして申し訳ありません。時間が参りましたらお昼ごはんの用意も致しますので、ご遠慮なく召し上がってお出かけなさって下さい」
「ありがとうございます。小百合さんと仰いましたね、ご親切にして頂ける理由をお聞かせ願えませんか?」貴雄はみんなを代表して、何故なのかということを尋ねた。

「はい、私事ですが、この宿は祖父の代から三代目でございます。私は父の娘で血縁の孫に当たります。祖父は祖母の家系が細々とやっていた宿に養子に入りました。そして自分の代でここまでに大きくいたしました。亡くなる寸前に幼かった私を呼んでこう言ったのです」
「小百合、これは家内の幼い時の写真だ。大切に持っていたがお前に預けたい。仏壇にでも入れてわしと一緒に祭ってくれるか・・・」

仏壇から小百合はその預かった写真を持ってきてみんなの前で見せた。

「私は志野様がお入りになってお顔を拝見したときにびっくり致しました。申し上げませんでしたが・・・ご覧になってください、祖母の若い頃の顔を・・・」

そこに写っている小百合の祖母の顔は志野と瓜二つに見えた。貴雄は何度も写真と志野を見返して、「なんということ!・・・」その後の言葉が出なかった。志野も同じであった。
「小百合さん、これはどういうことなんでしょう?」志野は自分がこの写真に写っている祖母に当たる人物の先祖なんだろうか。同じ真田村出身というめぐり合わせで、この奇跡に遭遇したのであろうか。
「志野さま、お生まれはどちらでしょうか?」
「はい、この村です・・・いえ、でしたと申し上げます」
「それはどういう意味を持つのでしょうか?」