ノックの音
ノックの音
<ノックの音>
ノックの音がした。
半分眠りかけていた私は片目だけを明けて腕の時計を見た。黒いつや消しのシェルにそっけないデジタル表示のものだが、この上なくタフに出来ているヤツだ。
勿論バックライトが必要以上に光らない様、ソーラーセル以外のガラス面にはスモークフィルムを貼り付けてある。
まだ午後七時を廻ったばかりであった。
三時過ぎに叔父の家のあるこの町に辿りついて軽い食事を摂った後、暖を取るだけの積もりだったのだが、気が抜けたのだろう、つい眠り込んでしまった。
気がつくと、街灯も月明かりも無い冬の景色は、もう既に暗い闇に沈んで風の音だけが大きかった。
母方の叔父の家は裕福であった。
高級住宅地の一角に広い庭のある洋館を持っていたが、不幸な事に子供には恵まれなかった。
子供の頃、私は毎年夏になると庭にある小さなプールを目当てに叔父の家に数週間も泊り込んだものである。
母はいつも私を連れてくると一泊だけして父の待つ自宅へ帰っていった。
実の妹である叔母と母は、歳は離れていたがとても仲が良く、私のことは家政婦のハルさんに任せていつも二人で楽しそうにお喋りをしていたのを憶えている。
若く美しい叔母は好く笑う人で、幼い私はそんな叔母を盗み見て何故かドキドキしていたものであった。
叔父はと言えば大変忙しい人で、仕事で国内外に出かけて留守にする事が多かった。
しかし、叔父はその分博識で、私がせがむといろいろな土地で憶えた、子供の好きそうな話を面白可笑しく聞かせてくれた。
又、叔父は父と違って行動的な人で、モーターボートの操縦を始め様々なマリンスポーツを教えてくれたし、スキーを教わったのも叔父からであった。
私は当然、そんな叔父が大好きで、小さな頃から休みの日に家に居たりすると一日中くっついて離れなかったと、かなり大きくなってからハルさんが楽しげに話してくれたのである。