犠牲になる少年の話
病院の中を迷路のように歩いていると、突然、二人の医師が立ち
止まった。医師は「ここでお別れです」と言った。僕はとうとうこ
のときが来てしまったと思った……。「お別れ」という言葉を、妹
は少しの間のことだと思っている……。僕が死ぬというということ
を知らないからだ。だけど、僕はこれで永遠のお別れになるという
ことを知っている……。
泣いたりしたら妹に気づかれるかもしれないので、僕は普段のよ
うに別れることにした。妹は「また後でね」と言うと、片方の治療
薬注入担当の医師に連れられて廊下を歩いていった。
妹の背中を見送りながら僕は、「俺の分までしっかりと生きろよ」
とかいう言葉を妹に投げかけてやりたかった。後で妹が、僕が死ん
だことを知ったとき、妹は発狂するかもしれない。そのときだけな
らいいが、障害者手帳をもらえるぐらいまで狂ってしまったらどう
しようもない……。結果、妹は、自称大統領とかがいる精神病院で
一生を終えることになるだろう……。
僕が何か言おうかと考えこんでいるうちに、妹は廊下の先の角を
曲がっていってしまった……。臓器移植担当の医師が「……それで
は行きましょう」と気まずそうに言った。僕はあきらめることにし
た……。
医師に連れられてしばらく歩き、臓器の採取を行なう手術室に着
いた。その部屋の前に来て、僕は足が震え出した。死の恐怖が僕を
襲っていた。僕は「妹の治療薬のほうが終わるぐらいまでここで時
間稼ぎをしよう。それで、妹といっしょに逃げよう」と考えた。そ
の後、どうなるかは考えられない。たぶん、僕はすぐに捕まって、
強制的に臓器移植させられるだろう。それでも、少しでも長く妹の
そばにいてやれるならそれでいい。
僕は死ぬ前にトイレに行かせてほしいと、医師に言おうとした。
だが、医師は「……残念だが、妹さんへの治療薬の注入は、君のほ
うが終わってからなんだよ」と息苦しそうに言った……。
どうやら、僕の他にもそう考えて実行に移した人がいたらしい。
その人は、医師を人質にしたりして見事逃走に成功した。しかし、
すぐに見つかり、捕まる前に心中したらしい……。その人の臓器は、
地面に叩きつけられた衝撃で使い物にならなくなっており、CRO
SSは激怒した。当時の責任者は更迭された。その件以来、そうい
う仕組みになったらしい。愛知県軍の兵士が病院内に常駐し始めた
のも、それに関係しているらしい。
僕はあきらめた……。そして、僕は医師とともに手術室に入った。