素晴らしい偶然
恐ろしく長い一日だったが、間もなく午後八時になろうとしている。山中美由紀は既に「白夜」の店内に居て、吉野を待っているかも知れない。そう思うと、吉野はじっとしていられない気持ちだ。
そのとき、上司に呼ばれた。またミスを指摘されると思ったが、そうではなかった。取引先の大手印刷会社への届け物を、依頼された。
「それを届けたら、直帰していいぞ……この野郎、デートだろう。おまえにもやっと、そんな相手が現れたんだなあ。幾つになった?」
タクシーで往復すれば四十分弱だと、吉野は計算していた。
「おいおい。俺の声が耳に入らねえのか?」
「……すみません。二十五です」
「二十五か。長過ぎた春にならないように、まあ、頑張ってくれや」
急に吉野の顔が紅くなった。
「……」
「よしっ。じゃあ、行け」
「はい。お先に失礼します!」
上司から渡されたベージュ色の大きな封筒を持ち、吉野は外に出た。大通りまでは歩いて三分足らずだが、走らずにはいられなかった。
途中のビルの二階にある「白夜」のガラス張りを見上げたが、水商売風の女と男の姿が見えただけだった。