素晴らしい偶然
押し入れの中から懐かしい写真を出し、吉野はその絵をもう一度描きはじめた。改めて描いてみると、やはりひどく下手な絵になった。彼は絶望的な気持ちになりながら、何度も描き直した。しかし、なかなか巧く描けなかった。彼は人物画を主に教えてくれる絵画教室を探し当て、毎週そこに通った。
半年が過ぎた。漸く納得できる絵が完成した。吉野は初めて自らの絵に感動した。それを、市民美術展に出品することにした。
吉野が描いた五十号の少女像は、驚いたことに初入選で特選になった。彼はずっと前から一緒に絵を描いて来た友人を、市民美術展の会場に誘った。友人は、その絵を自分の部屋に飾りたいと熱心に訴えたが、吉野はかたくなに断った。
市民美術展が会期を終えてから半年後のことである。レストランでの昼食のとき、吉野は彼女に再会した。あの、絵に描いた少女は、半ば大人の女の気配を宿していた。ストレートの美しい髪を更に長くのばしていた。吉野は話しかけてみたかった。だが、こちらにも、向こうにも、同伴者があった。
その数日後、名前を知らない女性から吉野雅哉宛にラブレターが来た。何度も相手の住所と名前を見たが、知らない女性だった。「山中美由紀」というのが、相手の名前だ。まるで聞いたことがない名前である。だが、宛名は確かに「吉野雅哉様」となっており、住所も間違いない。彼は不思議に思いながら考え続けた。幾ら考えてみても、山中美由紀という名前に心当りがない。住所はふた駅離れた場所だが、同じ市内である。