素晴らしい偶然
「そうですか?そのお名前はどこかで……」
そのとき、吉野は漸く思い出したのだった。そのタクシーの乗務員は、彼がこれから会おうとしている女性の父親なのである。その名前は電話帳で見た名前だった。こんな偶然があるとは信じがたいことだが、絶対にないことではないとも思われた。
吉野は山中美由紀の住所を云ってみた。
「えっ?驚きましたね。どうして知ってるんですか?」
乗務員はかなりの驚きを、その声で表現した。
「……」
お嬢さんからラブレターをもらって、いまから会いに行くところです、と云うわけにも行かない。拙いことを云ってしまったと、吉野は後悔している。
「私の住所を知ってるなんて、気味が悪いですね。どういうことですか?」
「……」
吉野は困り果てた。事実を云わずに、この窮地から脱することはできないだろうか。
「ああ、そうか。ご近所のかたですね。この車を家の前で見たんでしょう。最近のことでしょうね」
「そうでした。実は、そうなんです。近所でもないんですが、この前見たんですよ。山中タクシーって、書いてあるのをね」