素晴らしい偶然
あっという間に印刷会社の前に到着した。吉野は玄関に駆けこんでレイアウト課まで更に走り、カウンターにベージュ色の封筒を置きながら担当者を呼んだ。くわえ煙草の中年男が走ってきた。
「早かったじゃない。中身を確かめるから、待っててくれる?」
「すみません。ほかに用事があるもので、何かあったら電話してください。よろしくお願いします」
「デートかい?今日は華の金曜日だからね。いいよ。気をつけてね」
「そういうわけじゃないんですが、ありがとうございます。よろしくお願いします。失礼します」
吉野は急いでタクシーが停車している場所に戻った。ドアが閉まった瞬間に、車は急発進した。
助手席の前に運転者の氏名が表示されていた。
「あれ?山中由紀夫さん?聞いたような名前ですね。かなり有名なカーレーサーだったということですね」
「冗談はやめましょう。元カーレーサーと云ったって、雑誌に何度か名前が出た程度です。当時の関係者でもなければ、私を知っている人はいませんよ」