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生者に贈るレクイエム

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 山田がちびちびと炭酸ジュースを飲んでいると、小柄な少年――焔というらしい――が声をかけてきた。
 彼は苦笑して言った。
「すみませんね。うちの大人たちはいつもあんな感じですから。……いや、水城さんを含めて言っちゃうと失礼にあたるか」
 どうやらこいつも水城と同様、それなりに話が通じるクチらしい。
 山田は焔の顔をきちんと見てから肯定の言葉を返した。
「そうね」
 そして、ふと焔の制服に目をとめる。
「あなた、品行方正だと思ったら、なかなかのお坊ちゃんなのね。それ、条帝学院高校の制服でしょう?」
 山田が口にしたのは、エスカレーター式の私立高だった。
 入学金、授業料がべらぼうに高く、中産階級以上の人間でなければ門をくぐることはまずできない。そんな名門校である。
「分かりますか? なんだか成金主義っぽい制服だから僕、すごく恥ずかしくって」
「あら、育ちが良いのは悪いことじゃないわよ? 性格が醜くなければ、ね」
「うーん、まぁ、確かに性格的にどうしようもない人間が少なくないことは否定しませんが」
「私、奨学生の枠を狙ったこともあるんだけど、オープンキャンパスに参加した段階で無理だと悟ったわ。あそこの女は甘やかされて育ってるから駄目ね。わがままで自己顕示欲が強すぎるし、甘ったればかりもの」
「……正直、僕も苦手なんです。あそこのお嬢さんたちは、人の都合を考えずにしょっちゅう突撃かけてきますから。あまり強く言うと、すぐに泣きだしちゃうし。とりあえず、ファンクラブ作るのはやめてくださいって感じです」
 げんなりと焔。
 山田はまじまじと彼の造作を観察した。
 男とは思えないくらいに秀麗な容姿をしていて、立ち振る舞いにもどこか品がある。
野生の王子様と言えば彼のような人を指すに違いない。
 焔は乾いた笑い声をあげた。
「他のクラスの女子がうちのクラスに集まってきて、なかなか戻ろうとしないんです。廊下に人垣ができて通行の邪魔ですし、しかも僕のせいじゃないのに先生から睨まれるし。もう散々です」
「ってことは、バレンタインなんかもう死ぬ気で逃亡、って感じ?」
「まさか! 一週間は丸々休みますよ。インフルエンザのせいにして」
「そんなに嫌なら男子校にすればよかったのに」
 すると焔は困ったような顔で笑った。
「いえ、ちょっと個人的な理由があるもので。僕はどうしても条帝高校を卒業して大学部に進級しなければらならないんです」
「進級しなければならない?」
 おかしな響きだった。
 進級したい、ではなくて、進級しなければならないと彼は言った。
 選んで条帝に入学したのなら、進学したいと表現するべきではないだろうか。
 怪訝な顔をする山田に、焔は少し慌てたような様子になる。
「な、何が何でも条帝学院大学に入学したいって意味です」
 よく分からないが、他人の進路に興味はない。違和感を覚えた山田だったが、すぐに興味を失った。
「ここの会社って、けっこうな大企業よね。まさか世界規模の貿易会社がオカルト集団だったとは。見える人間が大量に集まっているなんて思いもしなかったわ」
「まぁ、全てが全て僕たちみたいに『禍祓い』として仕事をしているわけじゃないんですけどね。霊視能力はあっても、普通に経理とか営業とかをやってる社員さんもたくさんいますし」
 それはそうだろう。八割方が霊能力者なのに、全員が拝み屋業をやっていたら経営が持たない。
「二割は普通の人間ってことだし、中にはこの会社の実態を知らない社員もいるってことね。まぁ、うっかり漏れたところで、あまり怖くはないか。実は拝み屋が本体業務なんですとか言ったところで何かの冗談と思われるのがオチだもの――そうでなければ「嘘つき」いや「キチガイ」になっちゃうだけね」
「……君は、そんなふうに言われたことがあるんですか? そんな風に……」
 大勢の人間に見えないものが見えるということは、才能というよりもむしろ呪いに近いもの。
 他人と違う自分たちは、普通の人間を演じなければならない。
 大多数と世界を共有していない者が知っている真実は、虚構になってしまうから。
 気遣う様子の焔に対して、山田は肩をすくめただけだった。
「さぁね」
 すると、誠実なまなざしが返ってきた。
「僕は、ありますよ。この目をつぶした張本人――僕にとっては実の母親である人がそうでしたから」
 山田は無言で彼を眼帯を見つめた。
「もしかして、その目……」
「ええ。何も入っていません」
 山田は何と言ったらいいのか分からなくなり、口を閉じた。
 目をつぶすなど母親がわが子になすべき行為ではない。
「あの人は、僕の目をつぶして『これなら見えないだろう』と絶叫しました。でも、霊視は物理的な視力とは別の次元の話だから。目をつぶしたからといって、見えなくなるわけではないでしょう?」
 むしろ、それで見えなくなるというのなら今すぐ両目をつぶしてしまいたい。
 山田はそう思った。
 苦笑いしながら焔は語る。
「あの頃の僕はまだ子供でしたから。正直に見えると答えたら、本気で殴られてしまいました。そのまま首を絞められて――ああ、ごめんなさい」
 焔は心底申し訳ないという顔をした。
「そんな顔をさせるつもりはなかったんです。……どうやら、君と話していると口が軽くなってしまうようだ」
 山田はぽつりと呟いた。
「……似ているところがあるからでしょうね。私たち」
「え?」
「っていっても、私のはそこまで酷くはないんだけれど。うちは両親が早死にしてるから、家族は一人しかいないの。あの馬鹿兄も見える質だし。だから、困ることなんてない。でも、私には色々と――おかしなものが視えるから」
 山田は軽くため息をついた。
「小さい頃からずっと、普通のふりをしていたんだけど。ちょっとしくじっちゃったのよね。おかげで、学校では「私と目が合うと呪われる」って噂が立って。直接何かしてくるってわけじゃないけど、みんな遠巻きにしてるわ。今でもね」<BR>
 逃げれば負けてしまうような気がして、転校はしなかった。
 しかし、転居でもしない限りこの状態から逃れることはできないだろう。
 進学先の高校には、同じ中学の出身者が居る。
 きっと入学式の初日から私は「有名人」になるに違いない。
「そう、でしたか……」
 焔は心底気の毒そうな顔をした。
 普通の人間には見えないものが見えるどうし、感じるものがあるのだろう。
 その時、ふと焔の脳裏に係長の言葉が蘇ってきた。
『山田本社長から貴方に伝言です。「花子のこと、よろしく頼みます」と』
 ――でも。
 彼の気遣い。それは杞憂であるように思えた。
「……まったく。少しでも自分と違うと受け入れられないなんて。それだけ矮小な生き物なのね、人間って」
 山田はそう簡単にへこたれるような人間でない。
たくましさは彼女の美点である。
 周囲から差別的な扱いを受けることに傷ついているというよりも、ただ「しょうがない奴らだ」と呆れて見ていられるのは、彼女が揺るがない存在であるからだろう。
 ――頼もしい限りだ。
 焔はくすりと笑った。
作品名:生者に贈るレクイエム 作家名:響なみ