生者に贈るレクイエム
一見クールにこまっしゃくれてように見える山田だが、本当の彼女は熱しやすく負けず嫌いな性格をしている。それを見抜いてのことらしい。
巽の挑発を受けて山田の瞳に闘士が宿ったが、しかしそれはすぐに消え失せた。
そしてあざ笑うように一言。
「へー。それはすごい」
一瞬だけ燃え広がった怒りは、無感動なガラス玉のような目の底へと吸い込まれるように消えた。
どうやら一筋縄ではいかない相手のようだ。
水城は苦笑した。
「ひょっとしてその見える体質のせいで、今まで相当ひどい目にあってきたとか?」
明らかに面倒見がよさそうないい人で、このメンバーのうち唯一話の通じそうな相手だけに、あまり強く出られない山田。
「べ、別に……そんなわけでは……」
割と丁寧な口調で答えた。
「幽霊に困らされたことなんてなくってよ。向こうは私に指一本触れることができないから。壁みたいにはじき返してしまうようね。まぁ、流血死体なんて見るだけで気色悪くて怖気〈おぞけ〉が立つし、嫌な気分になるから大嫌いだけど」
そして山田は付け加えるように虚空を睨みつけて呟いた。
「幽霊なんて怖くもなんともないわ。――私からすれば、生きている人間の方が、よほど有害ですもの」
――あっちゃー。ものくっそ地雷踏んじまったみたいだわ……。
水城が頭をかいた。まさにその時――。
「ただいま戻りましたー」
「……なんだぁ、そのちんちくりんのガキは」
凸凹コンビとでも言おうか、身長も雰囲気も違う二人が姿を現した。
「あー。またお前はー。そういうことを言うのはやめろっていつも言ってるだろう、神崎」
水城が注意したかしないかのうちだった。
何かとんでもないものが一直線に向かってくるのを感じ、粗暴で傍若無人な神崎が表情をひきつらせた。
ざわりと首筋にさざめくものがある。強烈な恐怖を覚えた神崎は、反射的に抜刀していた。
プラットホームの亡霊を切り裂いた、あの刀だ。
彼ら――禍払いが用いる得物は、対峙する者を打ち破らんとする意志そのもの。
相手を攻撃しようという意志すなわち念の力で、精神的な存在を叩き斬るのである。
もちろん、幽霊だけではなく生きた人間にも有効だ。
「神崎!」
焔が慌てて一歩踏み出した。彼が構えた日本刀――守刀<もりがたな>は念を切るためのもの だから、コントロールせずに生身の人間を斬ればその精神に深刻なダメージをもたらす。
ところが、だ。
山田が体当たりを仕掛けてきた瞬間、焦って向けた刃は一瞬で霧散した。
刀を構えていたがゆえに胴はガラ空き。防ぐものなどなく、正面からまともにタックルを喰らった神崎はもんどりうって地に伏した。
山田は腕組みをしてフンと鼻を鳴らした。
「誰がちんちくりんですって! 顔だけが取り柄のモヤシ男のくせにガタガタ言ってるんじゃないわよ!」
神崎は怒鳴り返すこともできずに地面に転がっていた。
歩く破壊兵器と言われているような猛者であるだけに、自分より年下の女に吹っ飛ばされたことに相当のショックを受けているようだ。
唖然とする焔。
「信じ、られない……守刀を体当たりで粉砕、ですか?」
事あるごとに喧嘩を吹っ掛ける焔だが、未だに一本も取れた試しがない。それだけに、神崎が負けたことに対する驚きは大きかったようだ。
そんな中、約一名が悠然と歩みを進め――床の上に転がったままの愛読書(エロ本)を拾い上げた。
「別に驚くようなことじゃないよ。上からもらったレポートを読んだ限りだと、山田さん、かなり特殊な能力持ちだから。触れた念の実体化を強制的に解除してしまうんだ。だから、いわゆる「幽霊」とよばれる代物は山田さんに指一本触れることができない。下手をすれば、己の存在の根幹が一瞬で完全消滅しまうからね」
「係長さん、つまりそれってどういうことよ?」
と聞いたのは水城だ。
事の重大さがわかってないねぇ、と巽は肩をすくめた。
「つまり、念の塊は彼女に触れられると霧散するってこと。禍祓いでも殺されかねないような凶悪な禍も、彼女の能力に受けたらひとたまりもない。だから、さっき神崎君がやられちゃったのさ。彼女の能力が霊魂の類を退けるのであれば念をもって形作られる守刀だって同じこと。触れれば一瞬で瓦解してしまう」
「実体化? マガ? 何の話よ、それ?」
意味が分からず怪訝な顔をする山田と対照的に、驚愕する周囲の面々。
「なんだよそれ! 超不公平じゃねぇか!」
憮然と言い放ったのは、立ちあがった神崎だった。
巽は肩をすくめる。
「そうでもないね。だってこれ、禍に直接触れなきゃ意味ないし。素早く動き回るような特性を持った禍に対しては、無力でしょ?」
巽はパンパンと手を叩いた。
「ま、それはどうでもいいとして。とりあえず山田君の新任を祝って歓迎会を開きたいと思いまーす」
「帰る!」
そういう場を極端に嫌う神崎は即答した。
だが。
「かぁーんざきぃー?」
焔の背後に紅蓮の炎が燃え盛っている幻覚が見えた。小規模な係とはいえ、日々の会計的業務を任されているのは焔である。そのためにここのお財布事情に関しては非常に厳しい。
彼の頭の中ではすでに「山田本社長=パトロン」という図式が成立しているようだ。
さすがの神崎も、うっと呻いて後ずさった。
「も・ち・ろ・ん。神崎も参加しますよね?」
「あ、ああ……」
「あらら、いいわねぇ。神崎君が飲み会に参加することなんてめったにないし、だったら秘蔵のやつを出さなきゃね」
花園のデスクから出る出るわ酒瓶が。
表向きはありきたりの貿易会社という設定なので用意されたデスクだが、彼女のそれは立派なセラーとして活躍していた。
とてもじゃないが、仕事をするためのデスクとは思えない。
しかも、それだけではなくて冷蔵庫の中身までが酒瓶で溢れていた。
すでにこの酔っ払いからキスという名の強烈な洗礼を受けている山田は深々とため息をついた。
「職場に大量の酒瓶を持ち込むのは、社会人としてどうなのかしらね。まったく、これだけあれば一体何回酒盛りができる事やら」
すると、水城が気まずそうな顔で言った。
「ごめんねー、花子ちゃん。あれ、あいつにとっては二日分の燃料だわー」
「はい?」
並べられた酒瓶の数は半端ではない。これを二日で飲みきるのは、大の男でもなかなか大変だ。
「あれを二日で飲み干すなんて、どんな冗談――」
「いいえ、マジです。あいつアル中なのよ。それも重度の。おかげで言動がアレなんだけどね。まぁ、酔っ払いの戯言と思って許してやって」
「あれがたったの二日分……」
あのダイナマイトボティのどこにそんな量が収まるというのだろうか。酒と言えば立派な高カロリー食品である。通常ならとっくにデブの仲間入りである。
――好きな者を好きなだけ詰め込んでも痩せていられるなんて、一体どういうチートなの。
自分にはないバストとウエストの差を見て、山田はため息をついた。
そして、歓迎会もといどんちゃん騒ぎが幕を開けたのだった。
***
酒が入ると年長組は年長組でまとまってしまうようだし、協調性のない神崎は端っこの方でグラスを傾けている。
作品名:生者に贈るレクイエム 作家名:響なみ