生者に贈るレクイエム
各人の生い立ちは能力を左右することが多く、禍祓いのプロフィールについて会社側が知らないことは皆無と言っていい。
係長の話からして、山田本社長は妹のことをひどく溺愛しているらしい。きっとうちに所属する人員の資料ついては、その全てにくまなく目を通していることだろう。
同僚となる人物であるからこそ、念入りに。
山田本社長が、焔に対して「お願いする」と言った理由はきっと――。
「なるほど、そういうこと、か」
焔は一人納得した。
確かに、このメンツでは自分が一番その役に適している。
そして、彼女をここへ送り込んだ理由だが。
――ここにいる人間は彼女にとって駅にこそなれど、害になることはないからだろう。
と、焔は思った。
神崎はとんでもない美形で引く手あまただが、いかんせん仕事にストイックすぎて浮いた噂など聞いたことがない。むしろ仕事がない日が続くとイライラし始めるくらい。
一番危険そうに見えるのは花園だが、一見女の子好きで無節操に見えるけれども、その実本気で手を出したりはしない。
水城には既に好きな人がいる。
巽係長は――こう言うと平凡な容姿をしている山田に大変失礼だが――選ぶ相手の見目にうるさい。
そして自分は――。
焔は苦笑した。
――確かに。僕に任せれば一番安全だな。
そうでなければ、山田花子は一秒たりともこの場に存在していないだろう。
そう。あのシスコン本社長にかかれば、絶対に。
「なんといっても、あの巽さんに刀を向けるくらいだし」
確かに、山田本社長は数えきれないほどの武勇伝を持っている。
だが。
焔は思う。巽に攻撃を仕掛けるなんて、正気の沙汰ではない、と。
――あれはもう、化け物としか。
差別とかそんな枠を超えて、彼は偉大すぎた。
巽の能力は人間のそれとは思えないレベルなのだ。桁というかスケールがまるで違うのだ。――ただし、破壊力が強すぎるせいで、実戦ではあまり頼りにできないのだけれど。
そんな相手に立てついた山田本社長に対して、焔は素直に尊敬の念を抱いていた。
――家族愛、か……。
血のつながった家族を失った彼にとって、それはとても眩しいもののように思えた。
そんな風に、ぼんやりと考え込んでいると――。
「焔ちゃーん!」
「うわ!」
後ろから抱きついてくる人間がいた。
かなりきわどいところをべたべたと撫で回される。
「ちょっと、あんた」
山田が声を上げる。
こんなことをしてくる知り合いは一人しかいなかった。
深々とため息をつく焔。
「もー。花園さん、酔っ払いすぎですよ?」
「ひゃっほー。花子ちゃんに焔ちゃん。飲んでるかしらぁ?」
「ひゃぁっ!」
さすがの山田も素っ頓狂な声を上げた。
「ホントやめて下さい花園さんっ! やぁっ! どどど、どこ触ってるんですかぁっ!」
山田は額にくっきり青筋をたてた。
「ちょ、性別問わずにセクハラするってどういうこと! ロリショタ好きも大概にしてちょうだい!」
焔の顔が引きつる。
「ろ、ロリショタ好きって……」
花園は楽しそうにくすくすと笑った。
「あらやだ、花子ちゃん。ロリ好きは別として、ショタ好きなんて言ったら焔ちゃんが可哀想よ?」
「は?」
「もー、気づいてなかったのね、花子ちゃん」
花園は唇をとがらせた。
「焔ちゃんはね、れっきとした女の子なのよ。少なくとも性別的には」
呆然と焔を見つめる山田。
確かに若干中性的な風貌をしているが、時折見せる意志の強い瞳は男前だと思う。
ブレザーとズボンを着込んだその姿は、どう見ても美少年にしか見えなかった。
「もー、どうしてわざわざバラして回るんですかー。やめて下さいっていつも言ってるじゃないですかー」
神崎以外に対しては品行方正な焔だが、この暴露発言にはご立腹のようだ。頬を膨らませ、拗ねたようにぷいとそっぽを向いた。
「ま、マジなのっ?」
山田が素っ頓狂な声を上げたのも無理もない。
なぜなら、先の『ちんちくりん』発言をめぐって神崎と焔が掴みあいの大げんかする様を間近に見ていたからである。
さすがに抜刀騒ぎには至らなかったものの、本気で組み手した挙句、ギリギリと両手をつかみ押し合いながら「んのっ! バ神崎!」とか「んだと、やんのかこのア焔!」と罵り合っていた二人である。
当然男同士だと思っていた。
「ふふふ。花子ちゃんのその反応、あの日の神崎とそっくりだわ。私が赴任してくるまで、うちの男衆ときたら全員そろって――って、三人しかいないわけだけどね――焔ちゃんのこと男の子だって信じ切っていたみたい。なにせうちの係長、まともに仕事しない人だし。プロフィールには性別女で記載されていたのにねぇ。人事記録見る権限あるのが係長だけだったから、だれも気づいてなかったのよ」
たとえ完璧なプロフィールリストがあったとしても、見る者がいないのではどうしようもない。
赴任してきた当初からこの調子でぶつかり合っていたのだとしたら、後に女の子だと知った時に神崎は相当気まずい思いをしたことだろう。――女とは知らず、掴みあいの喧嘩をしていたのだとすれば。
「まぁ、焔ちゃんは男のこと扱われる方がしっくりくるみたいだったし、色々模索した揚句、結局従来の扱いのままで通すことにしたのよねぇ。――ぷっ。唯一ぎこちない反応をしてたのがあの神崎君だったんだけど。キレた焔ちゃんが本気でぶちのめしちゃった一件で、今みたいな状態に」
「おかげで特命係〈うち〉は乱闘騒ぎが絶えないんだけどね」
続けたのは、いつの間にかすぐそばに立っていた巽だった。
にっこりとほほ笑む上司の姿に、焔は「うっ」と声を漏らした。
「そ、その点は非常に申し訳なく思っています。でも、でもですねっ! 僕はあのスカした顔を見ていると無性に殴ってやりたくなるんですよっ!」
そう言ってグラスを叩きつけた焔。
叩きつけたというか、今にも砕け散りそうな勢いである。
常にない粗野な行動に、花園が柳眉を上げた。
「あらら。それ、ジュースじゃなくてカクテルじゃない? 困ったわぁ、焔ちゃん、酒癖がとっても悪いのに」
山田は半眼で言った。
「っていうか、あんたでしょ。あの子のグラスすり替えたの」
「あは、ばれちゃったぁ? だって、面白いことが起こりそうだと思ったしぃー?」
常日頃からそりが合わない二人だ。酔っ払った焔は、速攻で絡みに行ってしまった。
しかも、神崎が飲んでいたのもアルコールの類だったらしい。
「ちょ、お前ら何やってる! 二人とも未成年……あぁー、もう。どうしようもないなぁ、これは」
水城が頭を抱えて言った。
「確かにこれはちょっと、近所迷惑かなぁ」
先ほど以上にヒートアップした乱闘が展開され周囲に迷惑がかかり始めたので、巽係長が二人を部屋の外にに放り出した。
しかし、酔いが回ってきた二人は留まるところを知らずに暴れまわり、巻き添えを食った他の部署の人間が社内を涙眼で逃げ回るという事態が発生したのである。
そう。特命係は冷遇されているからと言って、決して無能な人間の集まりではない。
むしろとんでもない天才児が集まっているせいで、上層部ですら手なづけることのできない猛獣扱いなのだ。
作品名:生者に贈るレクイエム 作家名:響なみ