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生者に贈るレクイエム

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 もちろん、集まった人間は皆灰汁が強い。
 ここの職員がエキセントリックすぎるせいで、配属されても馴染むことができず精神を病む者も少なくない。
 おかげで、陰では「廃人生産工場」と呼ばれているのだ。――もっとも主犯格の一人は現在仕事で席を外しているのだが。
「はぁ。せめて戦前のように本店が東京にあればねぇ……。そうすれば、もう少し華やかな暮らしができたでしょうに」
 これは特命係長――巽<たつみ>の言である。
 彼は兄より年上の二十九歳ということだったが、外見が花園(二十三歳)と同じくらい若く見えるので、年長者という感じはあまりしない。
 切れ長な目に、彫りが深めで全体的に派手な作りの相貌。
 性格的な者がにじみ出ているのか、どことなくナンパな感じがぬぐえないが、髪は黒の短髪で服装もかっちりとしたスーツである。これなら確かに会社員と言っても遜色ないだろう。
 ただし、眠たそうな顔をしているせいでどことなくしゃっきりとしない。風采の上がらない男である。
 そして、そんな彼のボヤキに瞬時に反応したのは水城だった。
「ちょっと、巽係長ぉー! 広島馬鹿にしたら本気で怒りますよ?」
 彼は学生時代は埼玉育ちだが、母方の実家が広島と聞く。
 お好み焼きは関西風でも関東風でもなく、広島風が大好物なのだ。
「だいたい、ここと同じ程度の過密地帯〈ホットスポット〉、長崎と比べたら地理的にもかなりマシなんじゃないっすか? 北から応援要請受けても、さすがに九州からじゃあ移動に時間かかっちまう」
 いろいろ事情があって、本社を置く場所が限られいたりするが、そんなことは巽にとって取るにも足らないことだった。
 彼は子供のように口を尖らせた。
「でもさ、広島だと空港の便がすごく悪すぎるよ。うちは迅速に動けなきゃ、商売あがったりじゃないか。自分の選挙区にお金を落としたいからって、山のど真ん中に立てたっていう噂でしょう? ほんと、政治家は一度絶滅した方がいいって」
「いいえ違いますー。ちゃんと考えがあってあの場所にしてあるんですー。市街地の近くに建ってる空港が騒音公害で揉めまくってんの、あんただって知ってるでしょ? だいたい、んなこと言ったって、うちの部署にはほとんど応援要請かからないじゃないですか。それこそ、かなりの大型案件でもない限り」
「ハハハ。まぁ、それは認めざるを得ないね。私達を呼び寄せた結果の戦力増強より、それによって生じる人災のほうが怖いと見える。ま、関東大震災の再来も近いって言うし、無駄に人口密集して地下鉄作りたい放題のあの都市だもん。死人出まくったら、やりがいのある仕事が自ずと転がりこむよ。彼らを殲滅するために本部が関東に移転するだろうから、そうなったらもっと都会にすむことができるでしょう」
 と、寝ぼけた声音で巽係長。彼は上座の安楽椅子にふんぞり返って報告書――と見せかけたエロ本を顔面に伏せている。
 その駄目っぷりに水城は頭を抱えた。
「もー、そんな不謹慎なこと言わないで下さいよー。まったく、デリカシーのない」
「死人にデリカシーなんて無用の長物だよ。――救いなんて、この世には存在しないのだから」
「もー。そんなことばかり言って、一般人から恨まれでも知りませんからね」
 すると、巽は押し殺したような声で笑った。
「ねぇ? それって君の本音なの? そんなまともそうなこと言ったってさ、本当は分かってるんでしょう? 水城さん?」
 エロ本越しの声は、底冷えするほど抑揚にかけ低く凪いでいた。
 水城は顔をひきつらせ、そして口を閉ざした。
その背後で嘆く声が響く。
「あー。かわいい女の子を前にしてお預けなんて。焔ちゃん達、早く帰って来ればいいのにぃー」
 うずうずと妙な動きをする花園に危険を察知した山田が、ささっと水城の背後に避難した。
「あのねぇ、花園君。ここの係長である僕としては、これ以上本社長の妹さんの不興を買って物理的にも経済的にも首を切られるなんて事態は避けたいんだよ。頼むから、もう少し自重してくれないかい?」
 どうやら、山田兄に刀を突き付けられたことを根に持っているらしい。
 正論を吐いているように見えるが、顔面には伏せたエロ本である。
 山田の手はぷるぷると小刻みに震えている。
 花園は人の話を聞いていないし、唯一の良識のある人間――水城は頭を抱えこんだ。
「係長ーっ! 窘めるどころか、面と向かってそんなこと言って、それって花子ちゃんに超失礼じゃないっすかー!」
 人徳というか、明らかに善良そうな彼がいなければ間違いなくこの場は大荒れに荒れている。
 しかし、予想外に彼女は――。
「うるさいわね! 馬鹿にしないでちょうだい!」
 ビシリと言ったかと思うと、山田は係長の顔面を隠しているエロ本を毟り取って、彼方へと放り投げた。
 そして威風堂々と言い放つ。
「いいこと! どこぞの小娘じゃあるまいし、ちょっと気分を害されたくらいで兄に告げ口したりしなくってよ! 馬鹿兄のとっぴな言動に振り回されるのはしゃくだけど、アルバイトとしてここに来る限りちゃんと仕事もするわ! これまで苦学生として先生の目を盗んで働きまくってきたんだから! その辺の我儘盛りのバカガキどもと同列に扱わないでちょうだい!」
 花園がぴゅうと口笛を吹いた。
 水城はほうと感心したような顔をする。
 巽係長はどことなく感情の読めない微笑を浮かべた。
「そう。やる気があるようで、こちらとしても非常に有難いよ。僕は残業をしない主義なんでね」
 山田はひとつ荒い鼻息をつくと、気を取り直して尋ねた。
「で、具体的に私は何をすればいいの?」
 そう。
 心霊関係の仕事だとは聞いているが、詳しい内容についてはまだ聞いていない。
「仕事内容については、口で語るよりも実際に現場を見て自分の肌で感じたほうが正確で迅速でしょうね。特にあなたのように――この業界に初めて足を踏み入れる人間にとっては」
 巽の発した「この業界」という単語に、山田は胡乱な表情を隠そうともしなかった。
「……とりあえず了解、ということにしておきましょうかしらね。――ところで、一応確認しておくんだけど、私はただなんとなく微妙に見えるってだけだし。確かにまぁ、私の能力は幽霊を退けるみたいだけれど、ただはじき返して追い払うだけですからね。誰かを助けることなんてことできやしなくってよ? まぁ、周囲の人間を見捨てて自分だけが助かれって言うのなら、それは大得意ですれど」
 すると巽はにっこり微笑んだ。
「そう。初めてでそれだけできれば十分だよ。君は足手まといにさえならなければいい。最低限、自分の身くらいは守ってね? じゃないと僕、今度こそ君のお兄さんに細切れにされちゃうから」
 山田の双眸がギラリと凶悪な光を増した。
 もっとも、巽のあの飄々とした態度に何の変化もなかったのだが。
「ま、ここにいるメンバーは自分の身を守りつつ他人を守るくらいのことは余裕でやってのけちゃうから。新人の君は何も心配しなくていいよ」
 と巽。
 ――お、煽ってくれるねぇ、うちの係長は。
 水城は内心でつぶやいた。
 係長の弁は、いい加減に見えて的確である。
作品名:生者に贈るレクイエム 作家名:響なみ