生者に贈るレクイエム
「だって、ワタシ、かわいい女の子がだーいすきなんだもの。花子ちゃんったら、かわいくって今すぐ食べちゃいたいくらいで」
「やーめーろー。その表現、お前が言ったらマジでしゃれにならんだろうが! ――ほんと、ごめんなぁ、花子ちゃん。何かあった時は、俺が責任を持ってこいつの魔の手から守ってやるから」
弱ったと眉毛をハの字にして手を合わせられると、こちらとしては文句の言いようがない。
仕方なく無視しようと努めるが、目の前に美女と野獣(といっても男性のほうもかなりのハンサム)がいるわけだ。嫌でも目に飛び込んでくる。
山田は本日何度目とも知れないため息をついた。
ここは自分でも名前を聞いたことのあるくらいの大企業、大手貿易会社のオフィスの一角である。
ここへ連れてくるだけ連れて来ていくらもしないうちに疾風のように去って行った兄の説明によると、この会社に集まっている人間の八割近くが霊能力者なのだという。
あの瞬間の衝撃はとんでもないものだった。
しかし驚くのはそれだけではない。
ごくごく普通の会社員と思っていた兄は、この貿易会社を隠れ蓑にしている世界規模なオカルト集団の重役だというのだ。
これが悪い夢なら早く醒めろと何度考えたことか。
しかし、現実だからいつまでたっても立ち消えるわけがなく、どうしようもなくなった山田はここまでで得た知識をもう一度反芻することにした。
この場に居る彼らは、全てこの貿易会社の社員である。
先物取引を始め手広く事業を展開しており、世界中に支社や営業所を経営している。
あまりに巨大すぎる組織のため、ヨーロッパ、中東、アジア、アフリカ、アメリカと各地域ごとに本社があり、その下に各国支社、営業所と続く。
ちなみに、本体であるはずの商社部門よりも、株式取引を行っているファンド部門の利潤のウェイトがかなり高いのだとか。
――そりゃあ、霊視ができる人間が揃っていれば、ねぇ。
驚くべきことに、この企業の従業員は一人残らず霊能者なのだという。
「この会社の本当の仕事は、霊障の除去なんだけどね」
と、巽。
この会社では心霊系の業務に当たる専属社員のことを、日本の社員の間では『禍祓〈まがはら〉い』と呼んでいるのだという。
交通機関が発達し人間の行動範囲が飛躍的に拡大したせいで、霊媒師のようなオカルト職業にとっても世界的なネットワークが必要になってきたのだという。
たとえば、海外で死亡した日本人がうっかりそのまま悪霊になってしまった場合、全く異なる宗教を信仰する霊媒師には日本人向けの除霊・浄霊を行うことができない。
にわかには信じられない話だが、山田自身がうっすらとはいえ幽霊を見ることができる以上、幽霊や霊能力者が実在するという事実は認めざるを得なかった。
ちなみに、和兄こと山田本社長は中国本社、すなわちこの組織のアジア地域を束ねる存在であり、その下に日本支社が存在する。地理的な関係で、アジア本社長のポストにつくのは中国人の場合が多いとのことで、日本人がそのポストにつくのはまさに二○年来の快挙である。
もっとも、この栄えある大抜擢の結果が、忘れもすないあの『電撃成田事件(馬鹿兄が出発当日に空港から電話をかけてきた)』であるわけだが。
彼らにとってのアジア地域の本部、アジア地域の本社が中国は北京に位置するため、今回の永住権取得と至ったらしい。
国際的なグループ企業で、日本各地に支店・営業所を有している。全国で職員六〇〇〇人とかなり大規模な組織だ。
日本における本店は、ここ広島支店を指す。規模から言うと、広島、東京、大阪、福岡、札幌の順というちょっと変わった編成になっている。
普通に考えて、東京がほんてんであろう。そう思って理由を聞いてみたら、あのマイペースな兄が悲しそうな顔で笑ったのでそれ以上突っ込む気になれず、結局聞きそびれてしまったが。
「ええと、何か質問とかある?」
水城がそう聞いて来たので、とりあえず、この部署のことを聞いてみた。
「ここの部署は名目的に何に当たるの?」
名目的といったのは、言葉通りの意味だ。
机の数を見る限り六人という小規模部署で、所属する全員が禍祓い。
つまり、貿易会社としての本来の業務とは全く関係のない心霊専門の部署、ということなのだろう。
その証拠に、これだけの数の大人がデスクについていて全く仕事をしていないという現在の状況がある。
少なくとも私の知っている会社員には、何の仕事もせずにぼんやりしているような暇などない。
街中でも、日中はせかせかと急ぎ足で動き回っているのが正常である。
「あはは。そうだね、僕たちは普通の仕事をあまりやらないからね。繁忙期でどうしようもないときには、仕方なく駆り出されてやるけど。で、質問についてなんだけど、ここは名目上『広島支店特命係』って呼ばれてるよ」
「特命係……。なるほど、確かにぱっと聞いて何やってんのかよく分かんない名称ね」
心霊関係で仕事をするうえでは、色々とぼかせて便利に違いない。
しかし。
巽はうっすらと笑って首を傾げて見せた。
「んー。なんていうか、ここの名称はどうだっていいんだと思うよ、会社としてはね」「そんなものなの?」
「部署名なんてどうでもいいんだよ。この会社、正規の職員もみんな霊能力者だから。おかげで誰ひとり俺達のことを怪しんだりしないし、堂々と『仕事』ができるんだ。まぁ、常識的に考えてあり得そうな名称にしていないと、対外的に色々まずいとは思うけど。――それに、会社の偉いさんにとっては、ここに島を作って僕たちを隔離する事に意味があるんだし」
「え?」
首をかしげる山田。
すると、水城が目線をさまよわせながら頬をかいた。
「あー。非常に言いにくいんだけど。ここ、うちの会社の中では島流し席みたいなところになるんだよな。ぶっちゃけ、問題児の隔離、みたいな?」
「はぁ?」
山田の眉間に絵にかいたような縦じわが浮かぶ。
「いや、べ、別に俺たちが悪いってわけじゃあ、なぁ……。とりあえず、上層部とは折り合いが悪いし待遇もあれだし」
もにょもにょと口ごもる水城。
すると、花園が言う。
「でもでもー、花子ちゃんがうちに来てくれたおかげで予算も増えたんだし。職場環境も向上しそう♪」
きゃーん?、とかおかしな動作つきで。
水城は呆れ顔で言った。
「職場環境云々って、それ、ただ単にお前の趣味の話だろう」
毒気を抜かれた山田は、それ以上追及するのをやめた。
これを幸いと水城は説明をしようとしなかったが、この部署の正式名称は『広島支社特命係』である。「部」や「課」を飛ばしてい
きなり「係」ときているのには深いわけがあって、特命係はいずれの部署にも管轄されない特殊な部署なのである。
もちろん本社直属。
とはいえ、これは特別に優遇されているからではない。
この部署は組織のつまはじき者が贈られる陸の孤島、窓際中の窓際である。
組織にとって札付きの問題児が飛ばされてくる、陸の孤島。
本社の直属という名目で、ここに集まっている人間は皆左遷されてきただけのである。
要するに、厄介ものの監視。――あるいは猛犬に首輪をつけるような感覚で。
作品名:生者に贈るレクイエム 作家名:響なみ