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生者に贈るレクイエム

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 いつでも身軽に動けるように、スカートが多い私服に慌ててジーンズを大量に買いそろえた。肩まで伸ばした髪は縮毛をかけているため特に問題はなさそうだ。少ししわになったカットソーのすそをぱんぱんと軽く払う。
 至極平凡な容姿をしている山田だが、染めたことのない絹のような髪が密かな自慢だった。
 巽係長は鏡の前で髪を整えている山田の姿を密かに観察していた。
 色白できれいなたまご型を描く輪郭は決して不細工ではない。突出していないというだけで、均整のとれた顔立ちであることには変わりなかった。――ただ単に、ここに集まったメンツが美しすぎるだけの話で。
 逆上すると激しい割に、何もない時の彼女は驚くほどに無表情だ。
それでいて、長いまつげに縁取られた一重の瞳は強い光を底に秘めている。感情を気取らせることのない落ち着いた雰囲気。
 どこか無愛想というか、めったに笑わない上に口数も少ない。何か必要に迫られた時、あるいはこちらから話しかけた時でなければ自発的に口を開くこともない。
 高飛車そうな口調と怒った時の派手な言動に目を取られがちだが、普段の彼女の存在感は驚くほどに希薄だった。まるで、静と動とに二分されているように。
 ――まぁ、それも仕方ないか。
 巽は内心で呟いた。
 しかし、すぐにいつもの調子に戻る。
「ほらほら、早く行かないと怒った神崎君にド突かれて、止めに入った焔君との間に先頭勃発、挙句の果てに遅刻して任務遂行ならずっていう結果に陥っちゃうよ? まぁ、時給二〇〇〇円ももらってまともに働くつもりがないって言うなら、あえて急がせはしないけど」
「い、行ってきまーす!」
 山田は風のように去って行った。
 その姿を見送った巽はぽつりと呟いた。
「第一の関門、だね」
 これを乗り越えない限り、彼女は――。
 幸い、彼女を溺愛する兄も人としての道理はわきまえている。これは他人がどう越してやれる問題ではないのだ。彼女自身が解決しない限り、どうしようもない。
「あの人が下した判断が吉と出るか凶と出るか……まぁ、幹部にしては割とまともな方だし、たとえあの子が仕損じたとしても僕らのことを責めはしないでしょう。――それにしても無駄なことを。至る経路が違ったところで、結末は変わらないのだから」
 彼は小さく微笑み、そしていつもの安楽椅子へと腰を下ろした。

        ***

 彼らは夜の幹線道路を走っていた。
 深夜と言っても広島市内を走る国道である。
 交通量はそれなりにあった。
 車を運転しているのは神崎。
 普段から険悪なまなざしは鋭さを増し、凶悪すぎるほどのしわが眉間にくっきりと浮かび上がっている。
 緊張しているのだろうか。心の中でぷっと吹きだした山田だったが、一見不慣れそうに見える運転スタイルの割に車の操縦テクニックは板についている。
「神崎……さん、は免許取ってどれくらいになるの……なるんですか?」
 すると、神崎は片方の口角を上げて皮肉な笑みを浮かべた。
「敬語はいらねぇ。あと『さん』付はやめろ。初対面の人間をぶっ飛ばした上に花園どころかあの巽の野郎にさえタメ語で話しかけるくらいだぜ? 今さらかしこまれても、なぁ? 不自然というかむしろキモイ」
「うっ。そ、それは、私も頭に血が上っていて……。まぁ、少し大人げなかったかなって、くらいには……」
 視線をさまよわせる山田。
 どうやら、怒りというエネルギーがないとそこまで強烈なキャラではないようだ。
「へー。少し、ね……」
「うぅぅ……」
 守刀を粉砕されたり体当たりでふっ飛ばされたりと酷い目に遭った神崎だったが、意地悪そうな顔で笑っただけでそれ以上のお咎めはないらしい。
「まぁいいさ。てめぇの言葉遣いがどうだろうが足しにも損にもならねぇからな。しゃべりたいようにしゃべればいいんじゃねぇか?」
 短気で粗野に見えたが、どうやらこういうところでは寛容で融通がきくタイプのようだ。
「じゃあ、もう一度聞くけど、神崎の運転歴は?」
「十八の誕生日がきて即車校に行ったからな。実質一年程度ってとこか。っていうか、どうしてそんな質問を?」
「え? あー、何ていうか運転はかなり上手いように見えるんだけど……目を細めて前方を睨みつけてるから、運転に不慣れで緊張してるようにも見える」
 すると、神崎は肩をすくめてみせた。
「いいや、運転は嫌いじゃない。ただ、ちょっと鳥目なだけだ」
「ふーん。それでか」
 誰かさんと殴り合いのケンカをしたり、口が悪くて皮肉なことを言ったりするのが玉に瑕だが、下手に刺激さえしなければまともな会話が成立すると分かった。
 ――意外。
 最初に思ったほどには悪い奴ではないのかもしれない。
 と、山田は隣のリアシートに座る焔の様子が少しおかしい事に気付いた。
 どこか落ち着きなくそわそわとしている。
「焔君?」
「……え? あ、ああ。ええと、何でしょうか?」
 すっと目をそらす焔。
 山田は切れ長一重の双眸をすぅと細めた。
「私に何か隠し事とかない?」
 焔は激しく動揺する。
「えっ! そそそ、そんなことないですよ!」
「ふーん。やっぱりあるわけ、ね」
「うえぇっー!」
 神崎は盛大なため息をもらした。
「ア焔。嘘をつくつもりなら、もう少しうまくやれよな。――つーか、禍祓いと関わっちまった時点でもうどうしようもねーだろうが。嫌でもショックを受けるんだ。早い方がいいに決まってるだろ」
「でも……」
 神崎は舌打ちした。
「あーっ! ゴチャゴチャうるせぇよ! だいたいこんなところで傷心して潰れて駄目になるようなタマじゃねぇだろ、こいつ」
 山田は眉をひそめた。
「ショックを受けるって……もしかして、私のことを言ってるのかしら?」
「まぁ、そういう事になるな。――で、どうなんだ、チビ」
 どうやら「ちんちくりん」発言は撤回してくれたようだが、失礼なあだ名で呼ぶことに変わりは無いらしい。
 まぁ、確かに神埼はモデル並みのすらりとした長身であり、思いっきり見上げないといけないくらいの身長差があるわけだから、仕方ないと言えばそうなのだが――。
 口が悪いし、皮肉は言うし、加えてこの不遜な態度である。
 山田でなくてもキレるというものだ。
 ――ほーら、ごらんなさい。
 山田の持論――美形キャラはアホの子か性悪だという命題を絵に描いたとしたら、神埼という人間が完成するに違いない。
 出会って半月程度の中ではあるが、この程度のことでいちいち目くじらを立てていたらきりがないということはすぐに理解できた。
 すでに怒る気にもなれず、山田はただ小さくため息をついただけに留めた。
「あなたの判断はあくまであなたの判断。違って? 私にとって有益な情報であるかかどうかは、私が判断するわ」
 強い光をたたえた瞳が、まっすぐに言った。怒っている時以外は無表情に近い彼女だが、眉一つ動かさなくてもその意思の強さを図ることができた。
焔は目を丸くし、そして神埼は面白がるような顔をした。
「ほらな、言ったろ?」
「……そっか」
 と呟く焔。
 そして、普段の彼、もとい彼女からは到底想像できないような――昏い表情を見せた。
作品名:生者に贈るレクイエム 作家名:響なみ