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生者に贈るレクイエム

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「ええと、何々……コインロッカーベイビー?」
 神崎は何の関心を払わなかったが、見出しを読んだ瞬間、焔と山田の二人は顔をしかめた。
「遺棄乳児死亡、母親自首……」
「ふーん夢の中で子供に責められた母親は半狂乱の状態で警察署にかけこんだ、か」
 不快に感じたのは巽係長も同じだったようだ。彼はお得意の皮肉な笑みを見せた。
「コインロッカーベイビーなんて、よくもこんな浮ついたタイトルを考え付いたものだねぇ。所詮他人事だって思ってるのが見え見えだよ。他人の不幸は蜜の味。人死にさえも、一介のエンターテイメントに縮小してしまうんだから。ほんと、嫌なネーミングセンスだよね。赤ん坊が一人殺されてるっていうのに」
 山田はため息をついた。
「でもまぁ、この記事によると、母親は心神喪失状態で自首したそうじゃない。夢枕に死人が出てきて出頭なんて、因果応報とは良く言ったものね」
 その言葉に答える者はなかった。
 微妙な沈黙。
 しかし、会話の流れとしてはおかしくなかったので、山田はその沈黙の意味に気づくことはなかった。
「ところで、これと関連して、とても興味深い噂話が広がっていてね」
「それは――禍<まが>に関係することですか?」
 尋ねたのは焔だ。
 禍祓いという名からも分かると思うが、心霊現象、つまり祓うべき霊障のことを彼らは『禍』と呼ぶ。
 ぱちぱちと小さく拍手する巽。
「さすがは焔君。そのとおりだよ」
 そして彼はふうと小さく嘆息した。
「出るんだって、夜中に。事件現場になったコインロッカーのあたりから、火が付いたように泣く赤ん坊の声と「ごめんね、ごめんね」って泣きながら謝る女の声が」
「それは……単なる噂話なのでは?」
「残念ながら。実際に声が聞こえる程度には周囲に干渉をし始めているし、状態も実体化する寸前まで悪化しているよ。――昨晩派遣されたうちの職員が、禍に取り込まれて発狂しかけるという事態に陥った。そこでうちに救援要請というか、まぁ、白羽の矢が立ったというわけさ」
「うわー。それじゃあ、先ほど電話を受けておられたのは、この件だったんですね」
「うん。まだ完全に確定じゃないけど、場合によっては今夜あたりに出動しろって命令が出る可能性があると思うよ」
 嘆かわしいとばかりにため息をつく巽。
「まったく。手に負えないのだら、無理をしてトライする前にとっととうちを呼べば良かったのにさ。ここまで悪化してから話を持ってくるとか、うちの幹部は僕たちに嫌がらせをしたくてしかたないらしいね」
 実際は、上層部が合議で方針を決めているせいで意思決定が遅れてしまいがちなだけなのだが、やもすると危険な任務に駆り出される特命係にとっては、迷惑以外の何物でもない。
「今夜、ですか……。それはまた、ずいぶんと急な話ですね」
 巽はひょいと肩をすくめた。
「ま、現場はこんなもんでしょ。霊障は放置していると悪化する奴もいるしね。今回のケースもそんなタイプだってさ。たくさんの人間の好奇心や恐怖心や噂が災いして、禍が半分実体を持ちかけているらしいんだ。処理はできるだけ早い方がいいだろうね」
「了解です。それで、他にデータや報告書の類は?」
「まだ回ってきてないんだよ。まったく、何を考えてるんだか。埒が明かないし、昨日処理に当たった職員が医務室に転がっているっていう話だったから、さっき煙草を買いに行くついでに色々と聞きだしてきたんだよ」
 ふらっと席を離れることが多い巽係長だが、締めるところはちゃんと締めていたりする。――だからこそ、こうして管理職についているわけだが。
「彼の話によると、まだ完全に実体化をしきっていないとのことだよ。ただ、禍の存在が不安定なもんだから、かえって扱いづらかったんだとか。――でもまぁ、よかったじゃない。山田君の能力を試すにはもってこいの任務だよ」
 山田は眉間にガッツリしわを寄せた。
 仮にも赤ん坊が死んでいるのにも拘わらず山田の能力を試すためにもってこいだなど、発言が先ほど他人の野次馬根性を批判した人物とは思えないような外道ぶりである。
 一言文句を言ってやろうと息を吸い込む。と、係長席の内線が鳴った。
「あー、はいはい、どうもー、特命係長ですー。え? あぁ、そうですか。了解です」
 電話を切り、ため息をつく巽。
「やっぱり今夜決行だってさ。これだから、耄碌した爺を幹部に据えるのは嫌なんだよねぇ、意思決定が遅すぎるし。まぁ、夜になってから呼び出し食らうよりはマシだけど」
 ひらひらと手を動かして、軽薄な声音で言う。
 対する焔は、真剣な表情で答えた。
「了解です。作業に当たるメンバーは……そうですね、僕と山田さんと、後はもう一人くらい欲しいのですが」
「お仕事中の二人は仮眠を取れそうにないし、急で申し訳ないんだけど、君達三人で行って来てもらえるー?」
「了解です」
 そこはさすがプロというべきか、神崎といっしょは嫌だとごねるかと思った焔だったが、私情と仕事は別にしているらしい。
 アルバイトだが職員である以上は自分も見習わないといけないな、と山田は思った。
「というわけで、役割分担ですけど――おや、もう寝ちゃってるんだね、神崎君は。どのみちまだ資料が届いていないんだし、ミーティングは出発直前でいいか」
 振り返ると、確かに神崎は眠っていた。
 厚手のコートを掛け布団代わりにして、ソファーの肘かけから長い脚が付きだしている。それを横目に見た焔は、すぐに仮眠室へと姿を消した。慌てて後を追う山田。
 もたもたしていると、焔はすでに本気で眠る体制に入っていた。ブレザーのネクタイを無造作に緩めた寝姿は幼く、こうしていると普通の少年のように見えた。
 ――日曜なのに、どうして私服じゃないのかしらね?
 まぁ、何を着ようが本人の勝手なのだが。
 山田はてくてくと簡易ベットに歩み寄った。
 このまま寝るには喉元にまとわりつくタートルネックのセーターが少し気持ち悪い。とはいえ春先の寒い中、上半身半裸で過ごすわけにもいかない。仕方なくそのままの格好で眠りにつくことにする。
 ――今度から仮眠をとることを考えたうえで服装を考えないと。
 もぞもぞと落ち着く場所を探していた山田だったが、先に眠りについた二名の後を追うように夢の奥へと旅立っていった。

        ***

 誰かが手を叩くような音がした。
「はいはーい、そろそろ起きてねー。そろそろ出勤時間だよー」
 聞き覚えのある声に、山田の意識はゆっくりと覚醒し始めた。
「起きて下さーい。お二人はもう支度をはじめてます。君が最後ですよー。ほらほら、おはようございまーす」
 うるさい催促にようやく目が覚めた。
 途端に視界に飛び込んでくるどアップの美形。
「ひっ!」
 山田はギョッと目を剥いた。
 やれやれと首を振ってため息をついた巽。
「そんな化け物に遭ったみたいな顔をしないでくれるかなぁ。僕だって傷つくときは傷つくんだからねー」
 怒っているのかいないのか、よく分からないような口調。形式上は抗議してみせたこの男だが、常日頃の飄々とした態度を見る限り、山田個人の感情とかそんな瑣末なことなど蚊が刺したほどにも応えないだろうと思う。
「はいはーい。それは悪かったわね」
作品名:生者に贈るレクイエム 作家名:響なみ