生者に贈るレクイエム
「――山田さん。初めてうちにやって来た時、君はこう言いましたよね。『この職場は若い人が多い』って」
「ん? ああ、確かにそんなことを言ったような気がするわね」
焔の一言で思い出した。
二人の喧嘩に気を取られてすっかり頭の片隅から飛んでしまっていたが、確か神崎は言っていたはずだ。ここは自殺する人間が多い、というような趣旨の言葉を。
「どうして自殺者が多いのかしらね? ええと、禍祓い、だっけ? 待機しているだけで大金が転がり込むような好条件の働き口なんて、今時なかなかないわよ?」
ふいに神崎が喉の奥で押し殺したような笑い声を上げた。
「お前は『死後の魂』とやらがどこへ向かうと信じている?」
「は? 何なのよ、いきなり」
「いいから答えろ」
山田は宙に視線をさまよわせる。
「あー、はっきりは見えないけど、あのなんだかぼんやり霞んでるやつが霊魂、なのよね? 人間が死ぬたびに出てくる霊魂がこの世に留まり続けるのだとすると、人口密度は上がる一方だわ。それだと困るじゃない? だから天国みたいな場所に行く、そんな感じないのかしら? 死後の世界がどんなものかはよく分からないけれど」
「ふん。人口密度とは面白い言い方をする。まぁいい。そういうのが一般的な見解だな。だが――」
神崎は片方の口角を上げた。
「もし本当にそれが真実なのだとしたら、だ。宗教・宗派ごとに言ってることがまるで違っているのはなんでだよ?」
「いや、そんなことを聞かれても……」
山田は眉間にしわを寄せた。
そんな質問に対する答えなど持ち合わせてはいない。
困惑していると、神崎はすっと手を上げて山田を制した。
「――まぁ聞け。死後の魂はどこか違う世界に行く。それが事実であるならば、答えは一しかないはずだ。真実が何個もあるなんてことはありえねぇ。なのにどうだ、現実は宗教ごとに統制が取れず、言ってることがみんなバラバラだ。それはなぜか。――死後の世界なんて、もともとどこにもねぇから、だ」
山田は肩をすくめて見せた。
「ふーん。強気に見えて、あなたけっこう悲観的なものの考え方をするのね」
「……考え方の問題じゃないんだよね」
ぽつりと呟く焔。
「禍祓いになれるくらいの霊能力者なら、みんな知ってるんですよ。天国なんて存在するはずがないってこと。だって、この世に在るのは念だけであり、霊魂や転生など存在するはずがないのですから。僕たちはそれを知りながら、供養と称して……死んだ人間の残留思念を破壊して回っているんですよ。――生きている人間の安全のためにね」
焔は、泣き出しそうな顔で笑う。
「だから、うちの職員の平均年齢はどうしても低くなってしまんです。みんな、すぐに自殺してしまうので。……まぁ、そりゃそうですよね。残留思念を破壊しながら常に思い知らされているわけですから。自分が死んだ後には「無」しか残らないということを。ふふっ。生きる希望も何もあったもんじゃない」
山田は顔をひきつらせた。
静謐な声に体中の血液が下がっていくような感覚を覚えたからだ。
「おまえ、あの『鬼の二刀流』の妹なのに、霊能力が超低いんだって?」
「放っておいてちょうだい! だいたいそんな下らないもの、くれるったって欲しくないわよ!」
テリアのように噛みつく山田。
神崎は小さく呟いた。
「……いや。いっそそのままでいたほうが、幸せだったかもしれねぇがな」
「え?」
「いや、何でもねぇ。――それより疑問なのは、山田支部長が何も知らねぇこいつをうちへ連れてきた動機なんだよな?」
目線を向けられた焔がこくりと頷いた。
「山田さんの能力を馬鹿にするわけではありませんけど、今の人員で十分に対応できているので。うちの部署もそこまで忙しくもないですし、今さら霊視能力の低い人を連れてくる必要はないんです」
「うざいくらいの溺愛ぶり、とかぼやいてやがっただろ、巽の野郎。矛盾してるように思えるんだよな。……まぁ、現にここへ連れてきたっていうことは『真実を知れ』っていうことなんだろうが」
神埼はわずかにその双眸を細めた。
「とにかく、これだけは言っとくぜ。死んだ人間の人生はそこで終わる。念はあっても魂なんてそんな都合のいい存在はこの世に存在しねぇ。つまり、一度消えたらそこまで、二度と生まれてくることはねぇってことだ」
真顔で語られる言葉は、恐ろしいくらいに淡々としていた。さすがの山田もどう反応していいのか分からない。
すると、焔が小さくため息をついた。
「戸惑うのも無理はないと思います。きっと信じられないでしょう。でも、能力が高い霊能力者たちは本当はみんな知っているんです。魂とか幽霊とか、そんなものは無いんだってこと。君にも見ている彼らは、意思を持たない残像――過ぎ去った過去を機械的に繰り返す念の残滓でしかない」
神埼は肩をすくめて言った。
「ま、いきなりんなこと告げてもどうせ拒否られるだけだからな。こっちとしても、いちいち一般人に本当のことを教えてやるつもりはねぇ。こんな現実知っても絶望するだけだろ? 頭で理解するのは無理だ。感覚で思い知れ。そして慣れろ。――つまり、俺たちは一般人の思い描いている空想ごっこに付き合ってやっているってわけだ」
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作品名:生者に贈るレクイエム 作家名:響なみ