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生者に贈るレクイエム

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 特命係は常務ではない。
 いや、「特命係は」と表現するよりも、むしろ「禍祓い自体が常に働いているというわけではない」と表現した方が良いのかもしれない。
 巽係長の話によると、人間に危害を加えるような重篤な心霊現象が発生した時、それに対処するのが禍祓いの仕事であるという。
 つまり、目下の任務をやっつければ仕事はない、ということになる。
 しかも、ただ見えるだけの一般社員とは違い、禍祓いとして活動している人間は待機時間のほとんどを自由に過ごしていいのだとか。
 例えば、今日は日曜日。
 特命係はメンバー全員が禍祓いであるが、そのうち学生二人――この四月から晴れて高校一年生となった山田と、高校二年生になった焔――は学校が休みのため、神崎は十九歳にして無職のためそれぞれ出勤している。
 だが、水城と花園は副業持ちのため、出社してきていない。前者はドカタとして働きに出ているところだし、後者は人気占い師として繁華街のとある占いハウスに勤めている。
 管理職である巽と経理事務を担当している焔を除き、誰ひとりとして貿易会社社員としてまともに働いていないのだ。恐るべきことに。
 立派な上座におさまって数独の雑誌を解いていた巽係長が、大きなあくびをもらした。
「あら、暇そうですこと」
 と、すかさず嫌味を投げつける山田。
 巽は肩をすくめた。
「僕みたいにのらくらやってたら、身体がなまっちゃうからね。みんな好き勝手にやってるんだし、山田さんも真面目に勉強してないで、適当に遊んでていいんだよ?」
 山田のアルバイト、それは特命係のアシスタントである。時給は二千円。しかも、禍祓いが働いていない間はただ待機しているだけでいい。連絡さえつけば、出勤している必要もないとさえ言われた。
 ただ何もせずに待機するだけにしては破格の高値である。
 巽からは「暇だったら、三人で遊びに行ってきたら?」と言われたが、バイト代をもらって遊び呆けるなんてそんな寝覚めの悪い事はしなくない。
 神崎は身体を鍛えることに余念がないようで、先ほどから一時間近く腕立てを続けている。
 焔は焔で読書にいそしんでいて、身動き一つしない。
 暇だ。
 困りに困った挙句、山田は参考書を持ちこんで勉強することに決めた。
 巷の社会人から言わせてみれば、何ともお気楽な仕事である。
 そんなもんで一般の会社員以上の高給取りというのだから、禍祓いというものは存外にボロい商売である。それが山田の認識だった。
 けれども彼女はまだ知らない。
 禍祓いとして生きる彼らが、能力と引き換えに支払っている対価の重みを。
「……ここの人間って、どこの部署も割と若い人間が多いのね」
 勉強に飽いた山田がぽつりともらす。と、周囲の人間がびくりと反応した。
「あー。まぁ、確かに、他の会社と比べると若々しい職場ではあるけどね」
 あたりをはばからない根っからの自由人である巽係長。それにしては、やけに歯切れの悪い反応だ。
 と、神崎の冷たい声音を吐き捨てた。
「は。何が若々しい職場だ。禍を祓うのに失敗して発狂したり、自分の弱さに負けて自殺する奴が多いだけの話だろ」
 巽は呆れたような顔をして、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「はぁ。何も新任ほやほやの希望あふれる若い子に、そんなダーティーな現実を突きつけなくても」
「俺は弱い奴が大嫌いだ。やる気のない軟弱者なんざ、とっとと禍に食われて死ねばいいさ」
「神崎ッ!」
 すかさず噛みつく焔。
「ちょっと腕っ節が強いからって、調子に乗るのはやめてくれませんか? そんな言いかたをしたら殉職した人たちが気の毒ですよ! まったく、あなたみたいな身勝手な人と同じ空気を吸っていると思うだけで虫唾が走りますよ。弱い人は死ねとかほざいていたら、そのうちいつか窮地に陥った時に誰からも助けてもらえず惨めに死にさらすことになるんですからねっ!」
「へっ。誰が窮地に陥るか。俺から一本も取れない奴がいきがってんじゃねぇよ」
「ぐぅ! い、言いましたね……っ! そういうあなただって僕から一本も取った例がないじゃないですかッ! もぉぉ腹が立つ! 絶対許さないッ! こうなったら、今日こそ決着をつけようじゃありませんかッ!」
 焔ががたんと椅子をひっくり返す勢いで立ち上がる。
 神崎も負けじと言い返した。
「望むところだ! 負けたからって泣き面こくんじゃねぇぞ、こら!」
「それはこちらのセリフです! 今度という今度は絶対に泣かせてやる!」
 ヒートアップした空気に水を差すべく、巽が手を叩いた。
「はいはいー。お二人さん、果たし合いは屋上でやってね。今日は他社の営業がやってくる日だから、まかり間違っても中庭なんかで乱闘事件を起こさないこと。分かるよね? 社員が掴みあいの大げんかをしてるなんてリークされたらうちの会社の信用にも関わるし、うっかり通報なんかされちゃったりなんかしたらもう、目も当てられないよ。警察の皆さまが頭を抱えることになるんだからね。まさか逮捕するわけにもいかないし」
 聞き捨てならない台詞に山田が反応する。
「まさか、警察まで……」
 オカルト集団が警察にまで影響力を持っているなんて末恐ろしい話だが、巽係長はなんてことのない様子でけろりと言い放った。
「ほら、この間説明もしたし、実際にあの二人の模擬戦闘見たから分かると思うけど、僕たちは武器として守刀を振り回してるわけでしょう? 薬中とか異常者とかと勘違いされてしょっぴかれても困るしね。だから、うちの会社、あそこの偉いさんに首輪をかけて手綱を握っておくことにしているんだー」
 その手段として一体どのような脅迫をしているのかと思うと、ちょっぴりぞっとした。
 六〇〇〇人の八割――つまり五〇〇〇人近くの霊能力者が徒党を組んでいるわけだ。これは自分の想像でしかないのだけれど、のろいとかそういう方面に明るい彼らにとって、呪殺など朝飯前に違いない。
 命を取るほど深刻ではなくても、例えば、向こうのお偉いさんが代替わりするたびに警察官が集団で精神に異常をきたす、とか悪夢にうなされる、とか。
 その証拠に、組織的に展開しているであろう脅迫集団の全貌について、彼は怪しげに微笑んむにとどめたのだった。
 ――間違いなく黒だ!
「そうでもしなけりゃ、他人と違う私たちはキチガイ扱いされてしまうわけね」
 人間という名の哀れな地這い虫は、彼らの語る所の『人知』を超えた存在を受け入れようとはしない。なぜならば、自分を支える常識という屋台骨が揺らいでしまうから――。
 どれだけ粋がってみたところで、例えば世界中の誰からもその存在を肯定されなければ人は簡単に発狂できてしまう生物である。
 そう。現代の科学崇拝という信仰に支えられた警察組織に対して非科学的な影響力を持つためには、相当に後ろ暗い脅迫を行う必要があるのだ。
 想像するだにぞっと背筋を伝うものがあった。
 ――うん。ここの商社だけは何があっても敵に回さないようにしよう。
 恐ろしいと感じたのは自分だけではなかったのか、焔が少し強引に話題を変えた。
「あれ? 係長、今度は何の記事をスクラップしてるんですか?」
「ああ、これ? 読んでみる?」
作品名:生者に贈るレクイエム 作家名:響なみ