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生者に贈るレクイエム

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【第弐話 コインロッカーベイビー】


※戦闘および間接的な流血表現を含む。



 ――またこの夢だ!
 女は長い髪をかきむしった。
 いや、かきむしろうとしたが自分の意志では何一つこうどうすることはできない。
 これが夢だということは分かっているが、いつもと変わらず逃げることは叶わないのだ。
 まるであらかじめ組み込まれたプログラムのようにいつもと同じ動作を繰り返す。
 夢の中の自分は、勤め先――つい先日退職届を叩きつけたはずの縫製会社――へ向かっていた。通勤服で最寄り駅へと続く道を歩く脚は自分の意志で止めることも引き返すことも許してはくれない。
 女は自由にならない身体をそのままに、内心で泣き叫んだ。
 ――嫌だぁぁぁ!
 あの駅にはもう行きたくない!
 なぜならあのコインロッカーには……。
 しかし、その結末を骨身に染みるほど理解しているはずなのに、自分にはどうすることもできない。
 いつもと全く同じコースを突き進んでいくと、コインロッカーの前に通りかかることになる。
 彼女は知っているのだ。
 そこには、幼稚園児くらいの子供がいる。
 嫌というほど見覚えのある、子供がうずくまってシクシクと泣いている。
 ――駄目、声をかけては……っ! しかし、夢の中の自分は迷うことなくその子へと歩みよる。
「どうしたの? ねぇぼく、迷子かな? お母さんはどこに行ったのかしら?」
 すると子供はすっくと立ち上がって叫んだのだった。
「お前だろうっ!」
 カッと見開かれた瞳。
 それは自分が捨てた子供――こうして成長してはいるけれど、トイレの便器に沈めて息の根を止めた後、コインロッカーに捨てた赤ん坊だった。
 お母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんおかあさんおかあさんおかあさんオカアサンオカアサン――。
 狂ったように延々と呼びかけられたが、女には「はい」と答えることができない。
 無言のまま立ち尽くしていると、その子供はしくしくと泣きはじめた。
 次第に大きくなっていく泣き声。
 鼓膜を埋め尽くす。めまいがした。
 そうしているうちに子供の身体はするすると縮んでゆき、赤ん坊の姿に変わっていく。
 母親の手で殺された赤ん坊は、眼窩と唇から大量の血を垂れ流しながら、彼女を断罪するかのようにただ大声で泣き続けるのだ。
作品名:生者に贈るレクイエム 作家名:響なみ