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てっしゅう
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「不思議な夏」 第一章~第三章

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「志野、今は飛行機と言って空をとぶ道具があって、どこの国でも一日と経たずに行けるんだよ。また、いろんな国からこの日本にやってくる人も多いしね。すぐに解るようになるよ。病院からここまで来た乗り物は、車といって僕たちを乗せて馬より速い速度でどこへでも行けるんだ。もちろん僕だって所有している」
「空をとぶ乗り物・・・鳥のように飛んで行けるという事ですか?そのようなことが・・・車と言うんですね、私が乗ったものは。貴雄さんも自分の車を持っているんですか、乗せていただけるのですね、楽しみです」
「言葉遣いがだんだんよくなってきたね。こうして志野を見ていると、話さなければまったく今の女性と変わらないように思えるよ。私の妹と言ってもきっと誰も疑わなくなるよ、そのうちに・・・」
「そうですか、貴雄さんの話し方をよく聞いて話すようにしていますから・・・妹にですか・・・そうでしたよね」

志野は少し淋しそうな顔をした。妹でいることが嫌ではなかったが、昔に帰れない以上、ずっと妹で居たくないと大人の自分が感じ始めていた。
階段を降りて下に行き、城から出た。昼前になって観光バスが着いたのか、大勢の観光客が向うの方からやってくるのが目に入った。

志野は目をじっと見据えてその一団を見ていた。やがて貴雄の陰に隠れるように身体を寄せた。
「あの人たちは何でございますか?おおきゅうて、髪の毛の色が金色になっている・・・見たことがありません」
「大丈夫だよ、志野。さっき話しただろう?他の国からやってくるって・・・外国人って呼んでるけど、僕たち日本人とは身体の大きさや、目の色、髪の色が違う。言葉も違うけど、同じ人間だから話すことが出来れば、優しい人たちばかりだよ」
「言葉が違うのですね?どうして話すのですか?」
「子供の頃から、学校で英語と言う外国の言葉を習うんだよ。話す事は難しいけど、簡単な言葉なら皆言えるよ」
「そうでしたか・・・安心しました」

貴雄はこちらをじっと見ている親子に話しかけてみた。大学のときにロンドンへ一年留学していたから、少しは話せる自信があった。
「Welcome to Japan and Ohsakajou. nice to meet you」
「Oh! nice to meet you too. Is she your wife?」
「ねえ、貴雄さんなんて言ってるの?」
「ああ、君は妻かって聞いてるよ」

貴雄は妹だと返事をした。そして彼らはイギリスの郊外からツアーでやって来たとも話していた。志野より年下と思われる娘が、興味を抱き、志野の長い黒髪を触らせて欲しいと父親が頼んできた。
「志野、キミのその髪の毛をこちらの娘さんが触らせて欲しそうだよ。とっても黒くて綺麗だから、是非にだって、どうする?構わないかい」
「はい、娘さんなら良いです。その代わりに私にもその方の金色の髪を触らせて下さい、とお願いして」
「解ったよ」

喜んで娘は志野の傍に行き、腰まである長い髪を撫で始めた。外国の人には珍しい真っ黒で長い髪は羨ましい存在に見えたのだろう。志野は目の色の違いや金色の髪の違いなどを近くで見て驚いていた。その様子が可笑しかったのか、父親は二人が話すことが出来たらきっと仲の良い友達になれるだろう、と貴雄に話した。

貴雄は自分の連絡先を教えた。何かの縁だと思い、相手の住所と電話番号も聞いた。アドレスを交換したから、メールの交換をしようと伝えた。今の時代インターネットでいつでもどこでも話せるから便利であった。ツアーガイドが二人を呼びにやってきた。中に入るから一緒に来てください、と言って連れて行ってしまった。手を振って、元気にと別れた。

「志野にはすごい経験が出来たね。外国の人と触れ合えるなんて、住んでいてもなかなかないから、ラッキーだったよ」
「ラッキー?ってなんですか?」
「そうだったね、ハハハ・・・幸運だった、と言うことだよ」
「はい、私もそう思います。貴雄さんは立派です。言葉も話されるし、相手からも信頼される人徳があって」
「褒めるなよ。いい気になるから・・・それよりお腹が空いてきたな、志野はどうだ?」
「空きました。何か戴きたいです」
「そうだな、帰る前に食べてゆこう。うどんかまむしだなあ」
「えっ!まむしを食べるのですか!志野は嫌でございます」
「何言ってるんだい。蛇を食べてどうするの。まむしとはここらへんで言ううなぎのことだよ」
「川で採れる長い魚のことですね・・・病気のときにしか食べられない貴重な魚と聞き及んでいますが、食べられるのですか?」
「当たり前にいつでも食べられるよ」
「そうでしたか・・・では、それにします」

畳の部屋に通され、正座して美味しそうに食べている志野を見て躾がされていたと貴雄は感じ入った。今の若い女性に欠けている気品と言うものがこの年齢で備わっていた。服装がスポーツウェアーでなければ、きっと周りの注目を浴びたであろう。当たり前のうな重も今日は特に高級料理に感じた貴雄であった。

勘定を払って外に出ると志野はじっと顔を見て、
「ずっと気にしておりましたが、車のときも、城に入る時も、ここの食事も、そして私の病院にもたくさんの用が要ったのではありませんか?」心配そうに聞いてきた。
「お金のことかい?」
「ええ、そう申すのですね。きんすのことです」
「今はお金って言うよ。代金とも言うけど、気にしなくて良いよ。キミは持っていないし、もってこいと言っても無理だろうしね」
「それでは、私はあなたの厄介者になるではありませんか」
「いいよ、厄介者で・・・妹なんだから。遠慮しなくても。いつかこの世界で働けるようになったら、気にしてくれればそれで遅くないから」
「働くのですか・・・お金を稼ぐと言うことですね。女にも出来るのですか?」
「今は当たり前になっているよ。男性と同じように仕事をするしね。収入だって変わらない」
「そうでしたか・・・志野も働いてみたいです」
「まだ無理だね。来年の今頃には働けるようになれるかも知れないけど・・・」
「はい、そのときまでに働けるようにいろいろと教えてください」
「そうだね、勉強しなくちゃならないことたくさんあるから」

そうは言ってみたが、志野が働くには厳しい条件がある。身元保証、戸籍や住民票など・・・考えてやらなければいけない事は山ほどあった。とにかく名古屋へ帰って、伯父に相談しようと思っている。弁護士をやっているし、貴雄には信頼できるたった一人の身内だったからである。

「志野、車に乗ったらしばらく降りられないから、トイレを済ませておいてよ」
「トイレ?厠のことですか?それなら、行きたいです」
「トイレと呼びなさいね。それに洋式だから、輪に座るようにして用を足すんだよ。入り口は男性と女性に分かれているから間違って入らないようにね」
「あのう、紙はお持ちですか?」
「中にあるから心配ないよ。それと済んだら、レバーを押して水を流さないといけないから、便器を見て押すところを見つけてね」
「はい・・・病院にあったのとは違うんですね。その、しゃがむようにして・・・」
「外国式だから、違うよ。解らなければ済ませて直ぐに出ておいで」
「はい、そうします」