「不思議な夏」 第一章~第三章
「それはいいですよ。しかし、彼女、えっと志野さんとしか言いませんが、身分証明とか何か存在を証明するものを持たれていないようなんです。そうだとすると、あなたが保証人になって支払いや引取りをお願いすることになりますが、宜しいのでしょうか?」
「ん・・・身元引受人、ということですね?」
「そうです。一度ご両親とかお身内の方に連絡してもらえるように聞いてみて下さい」
「解りました。そうしてみます」
時間は午後10時を回っていた。表のコンビニでおにぎりとお茶を買って病室に戻って行った。
「ゴメンね遅くなって。お腹が空いたでしょう。おにぎり食べませんか?」
「ご親切にありがとうございます。先ほどから食べ物をどうしようか考えておったところでした。あいにく路銀の持ち合わせがありませぬが宜しいのか?」
「路銀?お金ですか?」
「あなた様はお金と言っておられるのですね。ここの人たちの言葉は今ひとつ飲み込めませぬ・・・城の近くにこのような場所があるとはいまだに信じられませぬ。木下様と言われましたね?、徳川方の手のものではないのですね?」
「徳川に由縁はありません。あなたを助けるためにここへ連れて来ました。上本町というところです」
「上本町?南になるのですか?」
「そうですね。方角はそうです。肉眼で大阪城は見えません」
「そんなに遠くまで・・・長い時間眠っていたのですね」
「二時間ぐらいでしたよ。車で運ばれてそう二時間ぐらいかな」
「車?二時間?」
話が通じない。不思議な気持がしてきた。志野は嘘をついている訳でもないし、精神異常を来たしている訳でもないと思ったからだ。
「話がよく解らないので、初めからお話しましょう。まず、あなたの名前ですが、志野さんでしたよね?」
「はい、そうです」
「苗字は何と言いますか?」
「氏はござりませぬ・・・身分が低いゆえ」
「身分が低い?というと?」
「生まれは真田村でした。ご存知ですか?」
「今は上田市になっているところですね。甲斐の武田信玄公に重用された父昌幸の命で、豊臣側に信繁、徳川側に信之を就かせ家の安泰を図ったとか聞きましたが・・・」
「よくご存知でらっしゃる。感心しました。木下様は何故それをご存知なのですか?」
「ん・・・学校で習いましたから。歴史が好きで大学も歴史研究会に入ったりしていましたので」
「学校ですか?大学?よく解りませぬが、学ばれたのですね。師はどなたでしたか?」
「名前は覚えていません。あなたが口にする徳川というのは誰の事ですか?」
「家康どのです。私の師幸村はその軍勢に討ち取られて仕舞いました。大阪城に攻めてきた徳川勢に一矢報いてやることが出来ずに自ら投身して残念に思っております」
「あなたの仕えていた先というのは・・・秀頼殿でしたか?」
「そうです。幸村殿についてこの大阪へ参りました。供をしてきた兵士達の殆どは討ち死にをしてしまいました。城に残ったおなごたちだけで生き延びようと地下の秘密の通路へ向かいましたが、出遅れた私だけは、敵に見つかり、否応無しに天守閣まで逃げて・・・最後はその渦の目に吸い込まれるように飛び降りました」
「なるほど・・・その先は堀に落ちて、ここに運ばれてきたという訳なんですね。私が大阪城の堀から助け出したのは、大阪落城の5月7日に天守閣から飛び降りた、志野さんだったと言う訳ですか・・・慶長20年だから、394年も昔の時代からやってきたという訳だ」
「何と言われるのですか!私が394年も時を越えてここに居ると言われるのですか?」
「話が本当なら・・・そういうことになります」
-----第二章 身元引受け人-----
「私はウソなどついておりませぬ。お疑いなされるのですか?信じておりましたのに・・・」
「ウソだとは言ってないですよ。誤解しないで下さい。このような話を直ぐに信じろと言うのは無理なんです。ボクは歴史研究会にいたから、あなたの時代の事はほぼ知っています。話を聞いて食い違うところはなかったですから。でも、他の人たちはまず信じません。そこを解っていないと、ここでは暮らせませんよ」
「ここと言われるのは、今木下様といる時代の事なのですね?・・・394年もあの日から経っているなんて到底理解できませぬ。私にはつい先ほどの事なのですから・・・」
「残念ながらそういうことになりますね。それから、私のことは貴雄と呼んでください。さんをつけて言うのが今の言い方です。いいですね?私は大阪には住んでいないんです。たまたま用事でこちらへ来てあなたと出会いました。明日にでも自分の暮らしているところへ帰らないといけません。仕事がありますから」
「貴雄さんですね、そう呼ばせていただきます。仕事と言われましたね?何をなされているのですか?」
「あなたの時代にはなかった産物を扱っています。簡単に言うと物を貸して賃料を戴く仕事です。お解かりにならなくてもいいので、いつかお連れしましょう・・・」
「では、楽しみにしております。ところで私の着物はどうなりましたか?乾いておるのでしょうか?」
「あれは・・・今の時代着れません。明日、僕が着替えを買ってきますから、少し待っていて下さい。お着物は大切に乾かして後日あなたにお渡しします。ご安心なさってください」
「着物を着れないのですか?では、何をおなごは着ているのですか?」
「洋服です。西洋ってわかりますか?オランダやポルトガルの国のあるところです。そこの服を着ています。もう100年も前からそうなっているのですよ」
「なんということ・・・ここの女性たちも白い見慣れない服を来ていましたが、それもそうですか?」
「あれは制服です。看護士という病院で働く女性は日本全国同じ服装をしているのです」
「制服?軍服のようなものですか?」
「意味合いは同じです。女性も今の時代は男性と同じように働いています」
消灯時間を過ぎているので、迷惑があってはならないと思い、話はまた明日聞くからと言って眠らせた。
「もう眠りましょう。疲れを休めて明日はここを出て行かなければいけませんから。ボクは志野さんが眠るまでここにいますから、安心して休んでください」
「貴雄さん、そこまで私のようなものを・・・何故です?聞かせて下さい」
「これも縁でしょう。あなたの時代に結ばれなかった男性の魂が僕に乗り移ったのかも知れませんね、ハハハ・・・」
「そのような・・・本気で申されているのですか?」
「ゴメンゴメン、冗談ですよ。本気にしないで下さい。あなたがずっとまじめな顔をしているから、笑わせようかと思い言ったのです」
「そうでしたか・・・でも、お気持が嬉しいです。安心して眠れそう・・・」
「志野さんは幾つになるのですか?聞いていなかったですね。私は25歳です」
「はい、十五歳になります。10上なのですね。奥方様は居られるのですか?」
「妻ですか・・・いないです。彼女もいませんから、ハハハ・・・」
「彼女?なんですの」
「好きな女性の事です」
「そういうのですか・・・じゃあ男性の時はなんというのですか?」
「彼氏です」
「彼氏・・・好きな男の方の事を言うのですね・・・」
作品名:「不思議な夏」 第一章~第三章 作家名:てっしゅう