あなた待ち島
義経は吉野山で静御前と別れた後、行方知れずとなってしまった。一方静十九歳は、山を下りるが不幸にも捕まってしまう。その後、年明けて人質として鎌倉へと送られ、三月十一日に到着する。
そして、その二二日には義経の子を懐妊していることが知られてしまう。
頼朝は静に出産後京へ戻ることを許す。そして頼朝・政子夫妻は静に所望する。それは鶴岡八幡宮の舞台で、都の舞を踊ること。
静には、義経と約束した永遠の愛がある。何も恐いものはない。
四月八日、静は妊娠六ヶ月の身で、頼朝と政子の前で堂々と二曲を舞った。
── 吉野山 峰の白雪踏み分けて 入りにし人のあとぞ恋しき ──
吉野山で、消えて行ってしまった人(義経)が恋しい。
── しづやしづ しづのをだまき繰り返し 昔を今になすよしもがな ──
おだまきのように繰り返し思う、昔であったらどんなに良いことか。
全戦全勝の若きヒーローと都一番の白拍子、その二人の悲しい運命の中で歌い、そして舞った。それでも静は義経の愛を信じ、うろたえることなく堂々としていた。
その結果、身ごもった静御前が鶴岡八幡宮で儚くも舞ったという噂は、全国に瞬く間もなく広まって行った。
義経は、この噂で、静の身の上に何が起こっているのかを知るのだった。
月日はさらに流れて行く。
一一八六年七月二九日、静御前は待ちに待った義経の男児を出産した。
しかし、男児であったがために、もっと大きな悲劇が静の身の上に起こってしまう。
頼朝と政子は、静からその可愛い稚児を無理矢理に取り上げた。そして惨(むご)く、由比ガ浜から投げ捨ててしまったのだ。
この世に、これほどの罪、そして悲惨なことは他にあるだろうか。静は悲しみのどん底へと突き落とされてしまった。
もう心の支えは、義経が最後に約束してくれた言葉だけ。
「あなた待ち島に、きっときっと、静を迎えに行くから」
この言葉だけを信じ、九月十六日に、静は哀切極まる心のままで、鎌倉から旅立って行った。
しかし、その後の静御前の足取りを知る人は誰もいない。
きっと静は、義経との約束通り、あなた待ち島へと向かったのだろう。