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あなた待ち島

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 静御前は鎌倉を出て、放浪の果てに、やっとこのあなた待ち島に辿り着いた。
 そう言えば、吉野山で、義経と別れる時に静は尋ねた。
「義経様、私のこと……本当に好き?」
 義経は「たとえ、この世が果てようとも、静を永遠に愛するよ。そのために、静のところへ、必ず戻って来る」と誓ってくれた。
 そして、義経は約束をしてくれた。
「あなた待ち島へ、きっときっと、静を迎えに行くから」
 静はその言葉だけを信じて生きてきた。そして、一縷の望みを懸けて、この島までやって来た。

 静はずっとずっと待っている。来る日も来る日も、そして来る日も。この島の高台に立って待っている。
 いつの間にか、一年の時が流れてしまった。静がこの島で義経を待ち出して、二度目の秋が終わろうとしている。
 もうすぐ比良の山並みは初雪が降り、寒々とした白い世界に変わって行くことだろう。
 しかし今日も、静は高台に立ち、波立つ湖のはるか遠くを眺めている。静は今日もこれで一日暮れて行くかと思い、高台から下りようとした。

 そんな時に、遠くの方に一艘の小舟を発見する。どうもこのあなた待ち島に向かって来ているようだ。
 よく見ると、一人のやつれた武者が、その小舟を漕いでいる。そして、どんどんこちらに近付いて来る。
 静は、その武者が今……誰なのかがわかった。それは愛する源義経だと。

 湖の波に揺れる一艘の小舟。それがどんどんとこちらに近付いて来る。
 高台にいる静には、その漕いでいる主が、今はっきりと……、それは義経だと確認できる。
 涙が止めどもなく零れ落ちる。
「義経様、約束を守っていただいて、このあなた待ち島まで……」
 静は高台から階段を走り下りて行った。そして湖岸までやって来た。

 義経を乗せた小舟がゆっくりと岸辺に着いた。
 静には今、吉野山で別れてからの一杯の出来事が走馬燈のように思い巡る。
 別れてすぐに捕まってしまって、鎌倉へ送られたこと。
 頼朝と政子の前で、堂々と舞ったこと。
 男児を出産した。しかし、無理矢理に取り上げられ、命名もされずに由比ガ浜から投げ捨てられてしまったこと。
 そして、鎌倉から放浪の果てに、やっとこの島に辿り着いたこと。
 全部全部、義経に聞いて欲しい。

 しかし、静はしっかりと涙を拭いた。そしてきりっと背筋を伸ばし、義経の小舟に向かって真正面に立った。
 義経に対しては、いつまでも一流の美しい白拍子であり続けたかったのだろう。その立ち姿が実に気品に溢れ、そしてどこまでも綺麗。


作品名:あなた待ち島 作家名:鮎風 遊