表と裏の狭間には 六話―海辺の合宿―
「いや、なんとなくだが………。」
「なんとなくで悪質なデマを流すな!!」
俺はシスコンじゃないと何度言わせるんだ………。
「で?あんたらはどうなんだ?」
「僕語るのダルィっす。」
「オレも語る気は無いな。」
「……寝ますか。」
「待てよ!」
流石に許容出来ない!
「だってオレらのはもう全員知ってるし。」
「俺は知らないんだけどなぁ!?」
「それこそ知ったことか。じゃ、おやす~。」
………………。
言うだけ言って、本当に寝やがったぞこいつら。
まあ、そこまで興味があるわけじゃないから、別にいいっちゃいいけど……。
好きな奴…………か。
思い出すのは、五年前。
まだ向こうにいたときの話だ。
その時の俺には、親友がいた。
まあ、『彼女』とも言い換えられるかも知れない。
とにかく。あの頃の俺には親密な関係の奴がいた。
雫とも折り合いがよく、あの時は最高の環境だったな。
三人でよく遊んでたっけ。
あんなことが、ある前は。
はぁ………。
なんか気分が滅入るな。
もう、寝るか。
夜だ。
それも、集団での旅行の夜だ。
しかも最終日。
おまけに、ここは女子しかいない部屋だ。
と、いうわけで。
「ねーゆりー、いい加減に白状しなよー。」
「理子の言う通りなの。お姉様はきちんと『耀のことが好き』って宣言すべきなの。」
「私も、ゆりさんが好きな人、興味あります。」
こんな騒ぎだった。
ったく、眠れやしないわよ。
「あーはいはい。で?何が聞きたいのかしら?」
こいつらがこんなおかしなテンションになったらもう止まらない。雫ちゃんまで何故かノリノリだし。
初日の着替えのときの『あの件』で、打ち解けすぎたのかねー。
まあ、『イマドキの女子』としては普通のやり取りだけど、『一般人』としてはちょっとアウトな勢いだったしね………。
変な方向に染まってないといいけど。
紫苑君も溺愛してるみたいだし。
耀みたいになったら、殺されかねないわね。勿論耀が。
「わっちはゆりが煌のことどう思ってるのか気になるなぁ。」
「だ・か・ら!どうして相手が煌限定なのよ!?」
「何でってそりゃぁ………ねぇ?」
「愚問なの。」
「丸分かりですよ、ゆりさん。」
「だから!あたしは別に煌のことなんてなん……ただの仲間としか思ってないわよ!!」
危ないところだった。
また余計ないじりネタを与えるところだった………。
「そういう雫ちゃんはどうなのよ?」
試しに雫ちゃんに話を振ってみる。
「おっ、それはわっちも興味あるなぁ。」
「私も興味深々なの。」
よし!食いついた!
「ふぇっ?私ですか?」
雫ちゃんはしばし黙考する。
「………お兄ちゃん、かな。」
暗い中でもありありと分かるほど頬を染めてその台詞を言わないで!!
少女マンガじゃないんだからさぁ!?
「そ、それは………家族として、だよね?」
あたしは、自分の頬が引き攣っているのが分かった。
「え?それは勿論い……………家族として、ですよ?」
『い』って言いかけなかった今!?
「お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんなんです!」
その発言も危ないわね…………。
「私だけのものなんです!私だけの…………世界でたった一人の、家族なんです。」
そこまで聞いて、あたしは『ああ……』と、納得した。
この子も、家族がいなかったのか、と。
紫苑君が雫ちゃんを溺愛するのも、雫ちゃんが紫苑君に傾倒するのも、今、納得した。
彼らも、そうなのか、と。
彼らも、あたしたちと同じなのか、と。
「お兄ちゃんは、昔から、私だけのお兄ちゃんでいてくれました。ずっと二人でいたんです。ずっと前、もう一人のお友達と一緒に、三人になったときも、お友達を連れてきてくれたのはお兄ちゃんでした。私に、初めてのお友達をくれたのは、お兄ちゃんでした。あの人が離れていって、落ち込んでるときにも、お兄ちゃんは一緒に居てくれました。そして今まで、ずっとお兄ちゃんは一緒にいてくれました。そして、また、こんなに素晴らしい人たちを、雫に会わせてくれたのも、お兄ちゃんなんです。」
そうか。
紫苑君が、雫ちゃんを連れてきたがったのには、こんな背景があったのか。
と、あたしは、あたしたちは、納得した。
彼は、いつも、この子のために行動してるんだ、と。
でも、あたしは、一つの不安を覚えた。
「お兄ちゃんはこれまでも一緒にいてくれました。雫は、もう、一生分の感謝を捧げきっても足りないほど、お兄ちゃんによくしてもらっています。でも、これからも、お兄ちゃんを離したくありません。」
この兄妹の愛情が、歪んでいかなければいいな、と。
あたしは、そう祈らずにはいられなかった。
二人はまだ気付いていないかもしれない。
けどあたしには分かった。
この子の中には、微かな狂気が、しかし確かに、存在した。
「お兄ちゃんが私から離れたいと望むのなら話は別です。相手がレンだって言うのならまだいいです。でも、そうでもない限り、お兄ちゃんは、誰にも譲ってなんかあげないんです。お兄ちゃんは、私だけのものなんです。」
この夜は、なんだか寒気を覚えた。
翌日。
今日は帰宅するだけの移動日なのだ。
なのに、いつまでも帰る気になれず、昼過ぎまで粘ってしまった。
その後昼過ぎの暑い中をテクテク歩き、電車を乗り継いで新幹線に乗って、東京へ向かう。
電車や新幹線の中では、全員が疲れきって眠ってしまっていた。
俺とて例外ではない。
駅について、解散したときは、既に夜も遅かった。
『あたしたちはこっちだから』とゆりたちが帰ってしまったので、俺と雫、二人で帰宅する。
自宅のドアを開けて、居間まで行って、荷物を放り出してしファに倒れこむ。
すぐ横では、雫が同じようにソファに沈み込んでいた。
なんだか、無性に眠い。
雫も既に、うとうとしている。
今日はこのまま、眠ってしまおうか。
それも、悪くは無いかもしれない。
睡魔に身を任せ、気の向くままに寝入っても、いいかもしれない。
俺は、意識を落としかけて、思い出した。
「雫。」
「ふあぁあ………にゃに?お兄ちゃん?」
「旅行、楽しかったか?」
「うん…………楽しかった…………ありがとね、お兄ちゃん。」
眠そうにとろけた顔で、笑顔を浮かべる雫。
俺は雫の頭を、ついつい、撫でる。
「もう、なんだったら今日はこのまま寝ちまっていいからな。俺も………限界だ。」
「うん…………お休み、お兄ちゃん。」
「ああ………お休み。」
意識が断絶する前。
俺はつらつらと考えた。
あいつらと雫は、どうにか打ち解けてくれたようだ。
雫に友達が出来たのなら、俺が強制的に入隊させられ、命を賭けて奔走している現状も、神がもたらした贈り物なんじゃないかと。
そう思えた。
眠い……………。
お兄ちゃんが、私の頭を撫でてくれている。
とても、優しく。
それが、心地よくて。
ますます、眠くなっちゃう。
「もう、なんだったら今日はこのまま寝ちまっていいからな。俺も………限界だ。」
「うん…………お休み、お兄ちゃん。」
「ああ………お休み。」
そう挨拶して、お兄ちゃんは、眠りに落ちちゃったみたい。
私も、もう、限界………。
朦朧とした中で、私はお兄ちゃんのことを考えていた。
お兄ちゃんは、この三日間で、私に友達をくれた。
作品名:表と裏の狭間には 六話―海辺の合宿― 作家名:零崎