表と裏の狭間には 六話―海辺の合宿―
俺たちに手伝える事は無いので、しばし談笑している。
雫は料理は自分の手で作りたいタイプだからなぁ………。
それに、長距離の移動と海での披露でぐだぐだな俺たちが参加しても、足手まといだろう。
さて。
二時間ほどして、カレーのいい匂いが漂ってきた。
雫が、食卓に人数分のカレーを運んでくる。
ぐったりしていた俺たちは、その匂いだけで既に体力を回復しつつあった。
つまり、それほどいい匂いなのだ。
全ての皿を運び終えると、雫も席に着く。
そして。
「いただきます。」
挨拶。
その後、俺たちは待ってましたとばかりに、スプーンを口に運んだ。
『…………………。』
「ど、どう、かな?」
雫が不安そうに聞いて来る。
『…………………。』
俺たちは、無言。ただ無言で、スプーンを往復させる。
『…………………。』
そのまま一気に完食。
無言で雫に皿を突き出す。
「………?…………えっ?」
雫は意味を察したように、皿を持ってキッチンへ。
まだ自分の分も食ってないのに。
おかわりが運ばれて来て、俺たちは、改めて、一口、食べる。
そして。
「おいしいわよ!何これ!?市販のルーじゃ有り得ない味じゃない!!」
「今時店でもお目にかかれないぞこんな味!?こいつ天才だろ!!」
「意味不明なくらい美味いっすねいやマジで!!どう作ったらこうなるんすか!?」
「悔しいけどこのレベルの料理は作れないの!弟子入りしたいくらいなの!!」
「雫ちゃんわっちの家でシェフやってくれない!?悪くはしないわよ!!」
「……今ぼくは久しぶりに『旨い料理』を食っていることになる…………!!」
俺も、満面の笑みで言ってやった。
「最高だよ。誰が褒めなくても、俺が褒めてやる。」
雫も、それを聞いてから初めてスプーンを動かした。
「……………おいしい。」
そして、頬を綻ばせた。
夕食を堪能した後、入浴ということになったわ。
男子と女子どっちが先に入るか決めて、女子が先ということになったので、先に失礼することにした。
という訳で。
現在、入浴シーン。
誰よこんなリクエストかけたのは!ショットガンのゼロ距離お見舞いするわよ!?
さて。
何故かあたしに語り部の義務が回ってきたので、しばらくはあたしが語ることになる。
そこのところよろしく。
さて。
男子がおらず、女子だけだと、色々はっちゃけテしまうわけで。
具体的には、とある百合傾向の強い女子とかが。
「お姉様!体の洗いっこするの!勿論お背中だけじゃなくてここもあそこもお姉様限定の大サービスなの!」
「はいはい。今アンタに構ってやる気分じゃないのよねー。後、体くらい自分で洗えるから問題ないわ。」
さっきからずっとこんな調子だ。
「お二人は本当に仲がいいですね。」
会った当初はこんな騒がしいあたしたちに怯えていた雫ちゃんだが、一日の間共に過ごして慣れたようだ。
まあ、ぶっちゃけた話、あたしはこの連中を割と気に入っている。
百合気味でも。オタクでも。不良でも。少々エロくても。いつも寝ていても。
あたしたちの立つ場所が、血生臭い戦場でも。
このメンバーを、あたしは気に入っている。
勿論、紫苑君や雫ちゃん、蓮華だって大歓迎だ。
このメンバーは、途轍もなく騒がしい。
騒々しい。
けれど、楽しい。
あたしたちが付き合い始めたのは中学の後半からだが、一年ちょっとの付き合いでも、十分な絆を築いている。
いや、もう二年強になるのか。
こいつらと一緒に過ごしていると、とても楽しい。
辛い現実を、忘れさせてくれる。
あたしの目的から、逃避させてくれる。
「ゆりさん?どうしたんですか?」
雫ちゃんの呼び声で、あたしは我に返った。
「ん?なに?」
「いや、ぼーっとしてたんで、大丈夫かな、って思いまして。」
「ごめんごめん。ちょっと考え事してたんだ。大丈夫よ。」
あたしらしくないなぁ。本当に。
「大方、煌とのあんなことやこんなことを夢想してたんだよ。」
ぶっ!?
「理子!?何よあんなことやこんなことって!!しかも煌が相手ってどういうことなのよ!?」
「え?わっちはただ、『煌との出会い』や『煌と行った作戦』って言いたかっただけなんだけど?」
「ぐっ………!?だったら、『夢想』って言うのは違うじゃない!!」
「悪い悪い。それは間違えた。でも、そこまで過剰に反応するって事は、何か疚しいことでも………?」
「はぁ!?なにそれ!?ばっかみたい!!何でこのあたしが、煌なんかとの妄想をしなきゃならないのよ!?」
「今墓穴を掘ったの気付いたか?じゃあ根掘り葉掘り聞くとしよう。煌との何を妄想したんだよ?ん?ん?」
ぐぐぐぐぐ…………っ!!
こいつは本当に………っ!
「勘違いしないでよ!あたしは別に煌のことなんて、なんとも思ってないんだから!!」
「へー。『なんとも』ね。じゃあ仲間とも思ってないんだ。嫌いなんだ。どうでもいいんだ。わっちは煌のこと仲間だと思ってるのに、ゆりは仲間だなんて思ってないんだ。」
サイテー、と理子は軽蔑するような視線を送ってくる。
そ、そうじゃなくて…………!
「そうじゃないわよ!煌は大切な仲間だし…………き、きら、嫌いじゃ、ないわよ。」
ああもう!どうしてこんなことわざわざ言わなきゃならないのよ!
「ククク…………ッ。」
え?
「あ、あははははっ!予想通りの反応!いい言葉が聞けたわ!『嫌いじゃない』…………あははははっ!!」
突然、理子が大声で笑い始めた。
「ツンデレの『嫌いじゃない』発言、最高よ!あはははははははははっ!」
「え?」
見ると、耀や雫ちゃんまでもが笑いを噛み殺していた。
「ご馳走さん。ゆり。」
「相変わらずですねぇ、お姉様は。」
「ゆりさん、大好きなんですね。」
「はぁ!?」
唐突に全て理解した。
こいつ、あたしを嵌めたのね!?
「理子ぉおおおおおおおおおおおお!!!」
「うわぁ!?ちょ、風呂場で暴れないで、やめ、うぁあああああああ!?」
もう最悪!
このメンバーでいるの、ちょっと、考え直したほうがいいのかもしれない。
翌日。
起床した後、朝食を食い、海で遊び、昼が過ぎ夕方が過ぎ、夜。
盛大に端折ったし、手抜きという自覚もあるんだが。
勘弁してくれ。
あいつらの会話を一日中語るなんて、俺には無理だ。
夕食は、ゆりの希望でバーベキューをやった。
………とある一人が大暴走して大変なことになったのだが、それはまた別の話。
で、夜。
就寝時間である。
ここからは、旅行の際の恒例の会話である。
「つーわけで、なんか語ろうぜ。」
煌がそんな事を言い出した。
「お、いいっすね。」
乗ったのは輝だ。
「……語らないで寝ましょうよ。」
反対するのは礼慈。
俺は………どっちでもいいか。
「つーわけで、紫苑、お前の好きな奴誰だよ。」
なんかこっちに来た!?
「それは気になるっすねー。ああ大丈夫、新入りの恒例行事っすから。」
「明らかに今思いついた恒例行事だよなぁ!?」
俺の、好きな奴ねぇ。
「うーん、強いて言えば、雫?」
「シスコン。」
「シスコンっすね。」
「……リアル妹萌え?」
「そうじゃねぇ!!」
やっぱりこの反応だよ!
「家族として、だよ。」
「嘘だ。」
「嘘っすね。」
「……嘘。」
「何で嘘になるの!?」
作品名:表と裏の狭間には 六話―海辺の合宿― 作家名:零崎