時間の街
石畳に薄く残った轍のあと。これが刻まれたのはおそらく、二人が出逢った頃だろう。
少女が今の少女ではなく、猫が人に化ける術を憶えた頃。時計塔に暮らしていた『少女』は、ひとりだった。今とは異なる容姿で、ひとり夢を紡いでいた。
『綺麗な黒の色ね』
まだただの猫だった彼に、彼女は微笑んでくれた。そして淋しいと、手を伸べてくれた。
だから猫は決意したのだ。彼女のために人になろうと。たとえ自分だと気付いてもらえなくとも、ひとりの人間として支えになろうと。
初めて、誰かの側に居たいと。
なのに、シオン。
君は、あの全てを無に還すというのか。
私達が出逢ったことも、人間の君を愛しく思ったことも、命を終えて離れ離れになった寂しさも、時を経てまた新しい君と再会したあの喜びも。
夢が終われば、夢は消える。
そして夢を見ていた本人も。
夢の外の存在の私だけ残して。
「そんな訳無いだろう」
青年の問いに、随分な間を持った後に猫は答えた。続いていく轍から目を離し、じろりと青年を睨みあげる。
「お前はどうなんだ、彼方」
「僕? 僕は、」
その瞳に苦笑しながら、青年は返す。
「あの子が幸せならいいと思うよ」
「このまま終わることが、幸せだと思うか?」
「さぁね。でも少なくとも」
そしてその微笑みに、憂えるような陰りが見えた。
「僕は淋しいね」
こいつも変わってきているのかもしれない。猫はその穏やかな表情に目を細めた。
『彼女』に会ってから、少しずつだけれど変化している。