時間の街
古い城壁に囲まれた、迷路のような街だった。
中央にそびえる時計塔が17時を知らせる。真白い石畳の通り、両側に平然と並ぶガス灯。いずれもなかなかの歴史を持ったものだった。城壁もあちこちが崩れていて、今や遺跡のように街を縁取っているだけ。
一軒の小さな店の前で、黒い猫とひとりの青年が言葉を交わしていた。
「このままでいいのか」
それは自問だった。側に立つ線の細い青年ではなく、自身が帰依するひとりの少女ではなく、猫の姿をした魂の、自分自身への問いだった。
「それは、僕に聞いている?」
独り言だと知りながら、青年はわざと問いに応える。
猫は何も言わない。青年を振り向きもしないで、碧色の瞳を蒼天へと向ける。
常春のような暖かい空。しかしその空の端は、今や煤けて崩れている。城壁と同じだ。まるで上塗りしたペンキが乾いて剥がれたように。
黒い猫はぼんやりとその『空白』を見つめる。その不安定な蒼の上を、変わらずに雲が流れていく。
変わらずに。
それが少女の不安を掻き立てているのは間違いないだろう。柔らかな綿雲。あれが流れていく先の世界を、少女は知らない。だから憧れるのだ。
西の森が色を失ったことも、噂に聞いている。砂浜が広がって砂丘を作り始めたのは、数十年も前のことだ。
――もう時間がないのかもしれない。
「夢は、覚めなければいけないと思うかい」
青年が問う。
猫は応えない。
「彼女が消えることを、君は望んでいるのかな」
少女は夢を終わらせようとしている。
この鳥籠の世界を。
何百年も前に作られたこの夢の国を。
けれど夢が終わるということは。
すべてが無くなるということ。
「シオン」
中央にそびえる時計塔が17時を知らせる。真白い石畳の通り、両側に平然と並ぶガス灯。いずれもなかなかの歴史を持ったものだった。城壁もあちこちが崩れていて、今や遺跡のように街を縁取っているだけ。
一軒の小さな店の前で、黒い猫とひとりの青年が言葉を交わしていた。
「このままでいいのか」
それは自問だった。側に立つ線の細い青年ではなく、自身が帰依するひとりの少女ではなく、猫の姿をした魂の、自分自身への問いだった。
「それは、僕に聞いている?」
独り言だと知りながら、青年はわざと問いに応える。
猫は何も言わない。青年を振り向きもしないで、碧色の瞳を蒼天へと向ける。
常春のような暖かい空。しかしその空の端は、今や煤けて崩れている。城壁と同じだ。まるで上塗りしたペンキが乾いて剥がれたように。
黒い猫はぼんやりとその『空白』を見つめる。その不安定な蒼の上を、変わらずに雲が流れていく。
変わらずに。
それが少女の不安を掻き立てているのは間違いないだろう。柔らかな綿雲。あれが流れていく先の世界を、少女は知らない。だから憧れるのだ。
西の森が色を失ったことも、噂に聞いている。砂浜が広がって砂丘を作り始めたのは、数十年も前のことだ。
――もう時間がないのかもしれない。
「夢は、覚めなければいけないと思うかい」
青年が問う。
猫は応えない。
「彼女が消えることを、君は望んでいるのかな」
少女は夢を終わらせようとしている。
この鳥籠の世界を。
何百年も前に作られたこの夢の国を。
けれど夢が終わるということは。
すべてが無くなるということ。
「シオン」