仕事伝説 ―いざ、伝説へ!―
「定魔名(じょうまみょう)・・・って、知って・・・る?」
左胸を抑え、喘ぎながらリュカスは尋ねてきた。ゆっくり、ディークはうなずいた。
名前を呪(しゅ)として掛ける事によって精神を安定させ、常人以上の身体能力、精神力を手に入れる事が出来る。しかし、ある程度の技術を持つ魔術師に、掛けてもらうしか方法が無い、かなり高度な魔術である。
リュカス・ウェッジという名前も、その定魔名なのだろう。
「でも・・・私達は、国王、直属だったから・・・。陛下、への・・・忠誠を、破った・・・時の事を考えて・・・、特殊な・・・、定魔、名を・・・掛けられる・・・」
「ど、どーいう事だよ?」
「裏切ったら・・・、苦しんで死ぬように・・・、呪詛代わりになる、ように・・・ね」
「だけど、お前、まだ生きてるだろ?」
どうしてまだ、死んでいないんだと言いそうになって、ディークはそれを飲み込む。
彼の胸の内を理解したのか、リュカスは苦笑した。
「ふ・・・、運がいいのか、悪いのか・・・、今の、私の名は・・・、完全に・・・、リュカス・・・ウェッジじゃ、ないのよ」
未だ苦しげな彼女に代わって、レティシアが口を挟んできた。
「おねえさん、わたしのおとうさまになまえをもらったの。ほんとは、イリスっていうの」
「イリス・・・?リュカスじゃないのか」
それでは何故、ディークにその名前を名乗ったのか。
「んじゃ、あんたの定魔名は、リュカス・ウェッジじゃないのか?」
「国の魔術師に・・・付けて貰ったのは、確かに、その名だわ・・・。でも」
フュウは自分の娘、レティシアを託す時、リュカスがその名前のせいで動く事が出来ないと知り、二人を逃がす寸前、名前だけ、リュカスからイリスへと、定魔名を変えたという。それで大丈夫だと思っていたのだが、どうにかなるものではなかったようだ。
「お願い・・・。貴方しか、この国で、知る人・・・は、居ないわ。このコを・・・、何処か・・・、見つからない、別の国に・・・・・・」
「――――一つだけ、教えてくれ。何でイリスって名前を、最初に名乗らなかった?」
「果たして、貴方・・・が、信頼出来るか・・・分からなかった・・・じゃ、ない」
名乗った時はまだ、ディークに対する警戒が、解けていなかったのだ。
「安心しろ。俺はあいつの旧友だぞ?あいつの有力な知り合いなんざ、たくさん知ってる」
「――――有難う・・・、これで、安心して、・・・死ねる・・・わ」
「おねえさん!?」
レティシアが甲高い声で叫んだ。イリスが深い息を吐き、彼女を見る。
「わたしは・・・いい、の。だ・・・ら・・・なか・・・ないで」
イリスの額に、どっと汗が浮かんでいた。冷や汗だった。
「おにいさん、おねえさんをたすけてあげて!!」
イリスの呼吸が、擦れた風のような音を立て始めた。
「・・・分かった。幸いっつーか何つーか、この近くに腕の立つ魔術師が居るからな」
ディークはイリスを毛布で包み、負担を掛けぬよう、ゆっくりと抱えた。
その男は、ディーク達のような業界では、御用達の人間である。人には詳しく言えない事情でも、黙っていてくれる。例えそれが、国家間の争いであれ。
瀕死状態のイリスを抱え、彼はレティシアと共に、その魔術師の住む家へと向かった。
「なかなか無いケースだね、彼女の場合」
彼の家に着いて早々、魔術師、ティル・バリーはそう言った。
ディークはイリスが寝かされたベッドの傍らで、彼の説明を聞いた。
「呪詛タイプは、急激なストレスによって、その人間を精神不安定にし、身体まで侵す。
この場合は、半分だけ名を変えている。
きっと、昔と今の名前。両方のストレスがぶつかり合って、平気だったんだろうけれど・・・、怪我をしている今は、逆にどちらの名前に身体が依存して良いか判らなくて、精神も身体も、弱ってしまったみたいだ。呪詛の力に、手を加える形でね・・・って、理解してるかい?ディーク」
ディークは、そこで目が覚めた。ティルとレティシアが、自分をじ・・・っと見つめる。
「分かってないみたいだね」
「う・・・とにかく、名字を変えてやれば助かるんだろ?」
「勿論。だが彼女は重傷を負っているし、こんな状態で、術に耐えられるかどうかは・・・」
「ディー・・・ク。いい・・・の、放って・・・い、て」
イリスがふと声を上げた。はっとして、全員が彼女の顔を覗き込む。
「馬鹿野郎!!死んじゃ駄目だ!!この子をこのまま、泣かせていいのか!?それでフュウの奴が、浮かばれんのか!?」
「フュ・・・ウ・・・」
イリスは混濁した意識の中で、何かを必死で手繰り寄せていた。生きようとしていた。
「ティル、頼む。名前・・・後半分、変えてやってくれ」
「それはいいが、どんな名字にするのかな?」
ディークは少しためらって、イリスに尋ねた。
「イリス!!お前の生まれは、何処だ!?」
「き・・・た」
北。そこはもう、ある王国の領土である。十六年前ならば、別の国があった。確か・・・。
「ティル、ウェッジの名字を、バルトに変えてくれ。それで」
「了承した。では代金を、さぁ!」
さぁ、払い給え、と手を伸ばす彼に、ディークは眉をひそめて言った。
「事は急だ!後でいくらでも払ってやるさ」
「出世払いでなければ、結構。では始めようか。少し離れていて」
そう言うと、彼はイリスの胸当たりに手をかざし。
「〝ティル・バリーが名に於いて汝に名付けるものとする〟」
途端、緑の光がイリスを包んだ。魔力の余波が、辺りの物をがたがたと揺らす。
「〝これの名により、汝の安定を図るものとする――――汝の名は、バルト〟」
光がふっ・・・、と消えた。ディーク達はティルに近付き、様子を伺った。
「何とか術にも耐えられたし、もう大丈夫。疲労と怪我が治ればね」
「ほんとう!?」
結果を聞き、一番の喜びの声を上げたのは、レティシアだった。今まで共に旅をして、彼女に守られていたのだ。喜ばない訳が無かった。
「じゃ、行くか。お嬢ちゃんを助ける仕事、こいつから受けちまったからな」
「まって。おねえさんに、おれいをいってから」
レティシアは、今では大分呼吸も落ち着いてきたイリスに、ぺこ、と礼をした。
「まもってくれて、ありがとう、おねえさん。わたし、やさしいおねえさんが、だいすきだよ」
彼女には聴こえていないだろう。だが、それだけでレティシアには満足だったようだ。ディークをきっ、と見つめ、言う。
「いこう」
「良し。では安全な所までエスコート致しましょう。レティシア姫さま」
すぐに準備を調え、彼は国境の外、不毛の砂漠へと乗り込んだ。彼女を、守る為に。
ディークはイリスが何処のスパイだったのか、ふと考えた。レティシアを連れてここまで来た彼女は、何処の機関、もとい国を裏切ったのか、フュウやレティシアの国を占領しようとしている所から考えれば、容易に知れた。
(・・・西の大国、ブライツ王国か・・・!となると――――)
ブライツ王国は、まず国を攻める下準備として、スパイを忍び込ませる事で有名だった。国王直属の情報機関があり、国王に対しての忠誠は、重臣以上と言われている。
(情報機関・・・『メイス』だったな)
作品名:仕事伝説 ―いざ、伝説へ!― 作家名:竹端 佑