仕事伝説 ―彼と彼女―
音も立てず、二人が仰向けに倒れた。絶命したかどうかも確認もせず、向かって来たヴァインの棒を、ナイフではなく、短剣で受け止めた。
「ここで、貴方を生かしておけば・・・国王陛下に傷が付く!!」
「たった一人の誇りじゃない・・・!」
イリスは、彼の鳩尾を膝で突いた。ヴァインはうめきながら、膝を付く。しかし。
ふっと笑ったヴァインを、不審気に見る。イリスは、彼の視線が、自分にはない事を悟った。
無理矢理身体を捻り、後方からの剣を交わすと、イリスは屋根を下りた。着地と同時、足下を狙ってナイフが投げられる。
短弓の狙撃側に気を取られ過ぎていた。自分に対しての包囲網が、じりじりと狭まれていく。
「〝ウェッジ、汝の身体、固まれ〟」
(しまっ・・・!?)
片方の変わっていなかった姓。他の魔術師が居ようとは、イリスは予想だにしていなかった。
何も出来ずに、身体がぴくりとも動かなくなる。半分の定魔名がその魔術に反応し、それによって身体が従ってしまったのだ。
「陛下への罪、きちんと払って貰いますよ。リュカス・ウェッジ」
ヴァインがナイフを取り出す。刺された感覚を味わう間もなく、イリスは川へと落ちた。
途端、術が解ける。流れはほとんど無かったが、倒れながら落ちた彼女は、水を飲んでしまった。
だが、それでも上がろうとせず、彼らが退散するのを待った。自分が死んだと思わせなければ。
「・・・浮かんできませんね」
ヴァインは舌打ちした。夜にこういう事を行うのは便利なのだが、川などの水中に落ちると、暗くてよく分からなくなる。その為、仕留めたかそうでないか、浮かんで来なければ分からない。
「水を飲んで、溺れたのでは?そのまま水に沈む事もある」
たった今、彼女に術を掛けた魔術師が言う。
「それに、彼女の身体は、定魔名と共に不安定だからな。黙っていても拒否反応を起こす」
「・・・ではブライツ王国へ帰還します。ですが念の為、貴方達はここに残って下さい」
イリスはようやく地を蹴り、水上へと出た。咳き込みながら、何とか川から上がる。
急所を外れてはいたが、ナイフは自分の左腹にすっぽりと納まっている。
物置部屋の戸を開けると、イリスは倒れ込んだ。
「おねえさん・・・だいじょうぶ?」
ナイフを見てしまったのだろう。しかし抜く訳にもいかず、イリスはその場を濁すように。
「・・・大丈夫よ。さ、行きましょ。ディークとか・・・いう人の所に」
彼が一体、フュウとどういう関係があるのか分からなかったが、ともかくそうする事でしか、この少女は守れない。イリスは片手で傷を抑え、もう一方は、レティシアの手をしっかりと引いた。
「・・・!」
殺気に、イリスはすぐさま彼女を抱きかかえた。
その場から数歩退き、矢を避ける。先程の仲間の物を使ったのか。
(油断した!まだ奴らは居る・・・!!)
ぎり、と歯を食い縛る。明らかに、こちらが不利だ。
(く・・・・・・っ!?)
ずき、と傷が痛んだが、構っていられない。戦う事を避け、イリスは駆けた。
ほとんど火事場の馬鹿力だ。しばらくすると、自分達を追って来る気配が、薄れていた。上手く撒けたらしい。
近くの、誰も住んでなさそうな、ぼろぼろの家に入る。これでしばらくは、見つからないだろう。
「ん?」
(人が住んでいる・・・!?)
まさか、このようなぼろぼろの家に住む人間が居るとは思っていなかった。怪我と出血のせいで薄れていた意識が、再び甦った。
作品名:仕事伝説 ―彼と彼女― 作家名:竹端 佑