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仕事伝説 ―彼と彼女―

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「巧く入り込みましたね。さすがです」
 空き部屋をあてがわれてすぐ、声をかけられたリュカスは、顔をしかめた。
「色んな所に居るわね。どうやって入ったの?――――ヴァイン」
 ヴァインだった。しかし声は同じであるものの、あの優男の顔をしていなかった。
「警備兵の職を失敬しまして、変装して潜り込んでいるんです。何人かはそうですよ」
 顔に貼り付けた変装道具を指差して、ヴァイン。本物の警備兵がどうなったのか、推して知るべし。
「貴方の場合、若い女がここに居ないせいで、あれ位しか出来ませんでした。いや、全く。彼は本当に、正妻を愛していたようです。女性は貴方以外、四十代の女性ですよ」
「そうなの。・・・で、ここの人間は、何人ほど?」
「意外と少ないですね。注意するべきは、屋敷を取り囲む警備兵。全員精鋭ばかり、五十人」
 私達が変装しているのを除き、と彼は言った。
「そして、フュウ・トリフェス本人でしょうね」
「彼が?」
「彼は公国一の戦士です。リクナスの戦いを、ご存知でしょう?」
 二年前。その戦いで、ブライツ軍精鋭十万の騎兵は、一万の多国籍軍歩兵に敗れた。その過去一度だけの負け戦は、王国では今でも恥とされている。
「彼こそその総司令官であり、自ら我等『メイス』の仲間を倒した男・・・、〝恐れぬ獅子〟です」
 同僚を何人も倒したその男を、戦いの後、機関内では〝恐れぬ獅子〟と呼んでいた。
「彼に長剣を持たせたら終わりですから、気をつけて下さい。では」
 そう言うと、彼は何気ない動作のように、この部屋に一つしかない窓から、ひょいと飛び降りた。

 それからは内部調査をしつつ、リュカスはフュウを、しばしば見かけた。親しい家臣と話す所、娘と遊ぶ所。
 しかしある光景を見て、リュカスはぞっとした。
 自分より頭二つ程背の高い彼が、足から肩位まである長剣を、軽々と片手で操っていた様子に。
 しかし、それ以上の恐怖は感じなかった。いつの間にか、見とれている自分が居た。
「何だ、居たのか。・・・リュカス、だったな。怖がらせたか?そんなに目を見張って」
 訊かれて、リュカスはその長剣と、彼を見比べた。
「い・・・いいえ。ただ・・・、何故貴方が、リクナスの戦いで、総司令官をされていたのかと思いまして」
「知っているのか。意外だな」
「偶然、その近くで働いていたもので」
 余り知られていない事らしい。ボロを出してしまったか、とリュカスは心の中で舌打ちした。
「私は、国に居る、たくさんの者達を死なせたくないし、侵略はお前のように、悲しい子供達を生むだけと思っている。だから国の意向としてではなく、単独で兵を上げた。平和を願う者としてな」
 リュカスは思った。それだけではなく、きっと当時は、生きていた妻の為でもあったのではないかと。
 だが、自分は彼を討つ為に来たのだ。そのような事を考え、質問した事は愚かだと即座に思い、礼をして、その場を去った。

 フュウが元首の父に代わり、政務を執っている最中。その補佐とは言っているが、実質的に権力を握っている男――――スペンが血相を変え、訪ねて来た。
「何事だ、スペン」
「一大事です!フュウ様の御屋敷に、近頃入った者達全員が、ブライツ王国の刺客との事!!」
 フュウの頭に、ふとリュカスの顔が浮かんで消えた。
「既に逮捕し、今は牢に収容しております」
「待て、証拠はあるのか?」
 乾いた声で、彼は尋ねた。
「彼らの仲間と言う者が、詳細を密告して来たのです。処刑はこちらで行いますので、警備を増やした方がよろしいかと」
「・・・そうか。分かった」

 まさか、こんな所でばれるとは思っていなかった。自分の後に、ヴァイン同様警備兵に変装し、潜入した仲間の一人が裏切ったらしい。理由は分からない。裏切った所で死ぬというのに。
 裏切り者は身体に変調を来たして死んだだろうが、捕まった一部も、自害して果てた。リュカスはその前に舌を噛み切らぬよう、くつわを噛まされた。
 ヴァインはその時、外に連絡へ行っていた為に、居なかった。おそらく、彼は無事であろう。
(でも、これで陛下が諦めるわけじゃない。歯車は、もう回ってる)
「出ろ。今からお前達を斬首刑に処す」
 自分達が拷問をされても、何も吐かず、そうする前に自害するのが分かっているからか、兵士はそう言って牢を開けた。
 斬首刀を持った屈強な男が、二人居た。そして、斧のように刀を振り上げていく。
(こんな細首なら、変な斬り方はされないでしょうね)
 台にうつ伏せに寝かされ、目を瞑った時、だった。
「待て!処刑は中止だ!恩赦を与える。残った者達全員だ」
 フュウが、その場に居た。リュカスは目を開けて、呆然と彼を見た。
 だがそこに残った者は只一人、彼女のみであった。
 
 釈放され、リュカスはフュウ邸に戻った。
「何故、私を助けたの?」
 身分がばれた為、彼女はいつもの口調で話した。しかし、質問に答えず、彼は問い返してきた。
「・・・お前は本当に、ブライツ王国情報機関、『メイス』のメンバーなのか?」 
「何故」
「本当なのか」
 二人の声が、重なった。リュカスの威圧感に押されて、フュウが答える。
「お前は、他人事には見えない」
「・・・どういう事」
「初めて会った時、驚いた。目の違いを除けば、お前は妻にそっくりだった。だから・・・」
 面影を追ってという事なのか。リュカスは眉をひそめ、言った。
「でも私は違う。私はリュカス・ウェッジ。ブライツ王国のスパイよ」
「そうか、やはり本当なのか。狙いは、私だろう?リュカス」
 うなずくと、彼はふっと笑った。
「今、私を始末するか?」
「いいえ。時が来る、それまでは。・・・貴方は本当に、いい人過ぎる」
「そうか。戻ってくれ」
 リュカスは今まで通り、彼に礼をして去った。

 元首の実弟、ネフトの屋敷。そこにヴァインは居た。
 ここに来る前に、彼はリュカスと再会し、フュウが彼女だけを助けたと知ったのだが。
『馬鹿よ、男っていうのは。不純な動機で、敵を平気で助けるんだから。・・・貴方もそうかしら?』
 苦笑するリュカスに、ヴァインは何も言えなかった。密告したのは何を隠そう、自分であった。
 フュウが彼女に惹かれている事は、あからさまに見てとれた。それでヴァインは、賭けに出た。任務遂行の為に、仲間を犠牲にしてでもと。だから、密告した。
 リュカスだけでも彼が助ければ、十分不審点をさらけ出せる、と考えて。
(すみません、リュカス・ウェッジ。貴方なら、分かって頂ける筈)
「重大な事とは何だ。ワシも忙しい身であるからのう」
 少々太り気味で動きの鈍そうな男、ネフトは、胡散臭そうに言った。
「貴方の甥、フュウ様ですが。彼は、ブライツ王国と手を結んでいます」
「何じゃと!?」
「彼の館に潜入していたスパイを、数人処刑させ、一人だけを助けました。おそらく、王国との連絡を絶やさぬ為かと」
「ぬゥ・・・狂ったな、あの男」
「――――つきましては、ネフト様直々に命令を下され、彼を逮捕、または家族諸共・・・」
「分かった。後でそうする」
 もう下がれ、と言わんばかりのネフトに、彼は食い下がった。