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仕事伝説 ―自称する男―

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 イリスが依頼主を連れて来たのは、それから間もなくの事だった。
 依頼主は胃に穴でも開いていそうな、おどおどした感じのある男で、何とも幸薄そうに見える。
「――――で、何ていう動物を護送すればいいんだ?」
「はぁ・・・・・・多分、ご存じないかもしれませんが・・・・・・」
 そう言って、彼は何かの資料を出した。その中に、絵が載っている。長い鼻、短い耳、口の上下に一本ずつの、二対の牙。
「な・・・・・・何だこりゃ??」
 ディークは首をかしげるが。
「伝説にある、象に似てない?」
 と、イリスは心当たりがある様子。
「そちらのおっしゃる通り、これは象に似ているという事で、ゾウモドキと言います」
「ゾウモドキぃ!!?」
 見た事も聞いた事も無い動物だ。
「そ、そうです。これを、護送して貰いたいのです・・・その、こちらが『伝説の仕事屋』と聞きまして」
 男の言葉に、ディークをギロリと睨むイリス。
「それはどうかしら。・・・ありもしない噂かもしれないのに」
 再び睨まれ、彼はそっぽを向いて視線を避ける。
「ともかく、『仕事屋』さんのような方にしか・・・、任せる事が出来ませんから」
 イリスの目つきを見てしまったのか、男は更に汗を拭っていた。
「どういう事なんだ・・・?」
「ゾウモドキは希少価値ですが、肉を得る為に密猟され、数を減らしていまして、ケルテ王国が保護する事を決めたのです。しかし密猟を主とする裏業者が、道中襲うか分かりません。それで国王の命により、私どもが、彼らから護る為の『仕事屋』や『傭兵』を、極秘裏に雇っております。勿論、こちらで調査済みの、信頼出来る方達にのみ、依頼をしておりまして」
「国王っ!?」
 あごが外れそうな位に、ディークは叫んでいた。国王直々の命令で雇っているという事なら、かなりの報酬が期待出来るかもしれない。
「しかし裏業者の下には腕の立つ者が多く、怖がってなかなか集まってくれないのですよ・・・・・・」
 とほほ、とばかりに、また男は額の汗を拭う。
(しかし、こりゃいい話だぞ・・・)
 まだ雇う者が余り集まっていないなら、取り分は多く出る。危険はあるだろうが、これ以上のものは無い。
「よし、乗った!!」
「本当ですか!」
 男は汗を拭う手を止め、顔をパッと上げた。
「では、この資料を読んでおいていただけませんか」
「イリス、読みたいだろ。読んどけ」
「別に、そういう訳じゃないけど」
 そう言いつつ、イリスは分厚い資料に目を通し始めた。彼女なら、天性である頭の回転の良さで、一度読めば忘れない。
「で、報酬は何銀なんだ?」
 一般人が良く使う貨幣は、〝銀〟という単位だ。
「銀ですか・・・・・・?報酬は五十金なのですが?」
「ご、五十金っ!!?」
 再びあごが外れそうな位、叫ぶディーク。何しろ、〝金〟は一般人が一生に一度も手にしない事がほとんど。一金で、五十銀に値する。どちらかと言えば貧しい国柄なので、デイークは目にした事も無い。
 国王の命による依頼書だけでも驚きなのに、礼金の額も大金だというのだから、もっと驚きだ。
「では一週間後の午前五時、町の入り口で」
 男はホッとしつつ、去っていった。
「くぁ~っ、やった!!イリス、これで大丈夫だよな!?」
 その問いに、彼女は「そりゃあね」と言うと、また資料を読み始めたのだった。

 ――――当日。朝早くの街を、二人は歩いていた。軽い荷物を背負い、待ち合わせの場所へと。
「お早いですね」
 男は既に、運搬人達と待っていた。
「早い方が良いだろ。で、他の同業者達は?」
「あ・・・それが・・・・・・、その・・・」
 冷や汗を拭いながら、男は説明した。
「何だって!?」
「報酬は欲しいが、裏業者達に狙われたくないと・・・。昨日で全て、断られました・・・・・・」
 ぺこぺこと頭を下げながら、またも男は冷や汗を拭った。
「ディーク。過ぎた事を気にしても、仕方ないわよ。準備は出来ているんでしょ?」
 男はうなずき、何かの合図を運搬人達に出した。荷車の、重々しい音が響く。
「あれか・・・・・・」
 ディークの目に、巨大な二つの檻が飛び込んできた。中に居るのは、資料で見た奇妙な生き物だった。
「・・・では、お二方。どうか、よろしくお願い致します・・・・・・」
 二人は運搬人と共に、町を出た。

 朝方はまだ涼しくて良かったが、流石に昼になると、かなり熱くなってくる。目的地まではずっと、砂漠の旅だ。
「う~、暑ぃ~・・・・・・」
 手でパタパタあおぐディーク。
 こうも面倒臭そうにしているようだと、本当に仕事が――――護送が出来るのか疑問である。イリスはそう思ったのか、檻の反対側からやって来た。
「ディーク、そんな事している間に来たらどうするつもり?ガマンしなさいよ」
「大丈夫だって。そんな気配無いからな。お前もあおげよ」
 彼は言うが、イリスは穏やかではない。
「まだ出発したばかりだからって、いいわけないでしょ」
「うるさいなっ!!暑いものは暑いんだよっ!!!」
「お~い!ケンカしないで護ってくれよ、そこの兄ちゃん」
 二人の様子に我慢出来なくなったのか、運搬人の一人が声を掛けてくる。
「あぁ、すまん・・・・・・」
「ったく・・・・・・頼むぜ、兄ちゃん。そこの姉ちゃんもな」
 そう言うと、彼は持ち場に戻っていく。それを見届け、ディークが呟いた。
「・・・俺だって、気は抜いてない。心配すんなよ」
「なら、いいけど」
 イリスはぼやきながら、檻の反対側へと消えた。

 ――――夜。日暮れまで襲撃も無く、一向は無事にオアシスを見つけ、休む事になった。
 しかし二人の仕事は、どちらかと言えば夜の方。敵が、夜襲を掛けて来ないとも限らない。
 ゾウモドキの檻近くに、交代をしながら見張る。
「ふわ・・・・・・眠いな・・・・・・」
「そろそろ交代よ、ディーク」
 先刻まで休んでいたイリスが、ディークの下に来た。
 が、しかし――――。
「ああ、分かった・・・って、うおっ!?」
 彼女は急に、ナイフをディークに向けて投げ放った。だが、それに当たるような彼ではない。紙一重で避け、素早くイリスの手を掴んだ。
「おい!何すんだ!!」
「うっ!!」
「へっ・・・・・・?」
「敵、来たわよ」
 途端、茂みがガサガサと鳴り始め、幾人もの覆面が姿を現した。
「お前、それじゃなくて口で早く言えよ!!」
 彼女の得意技、不意討ち。ディークに当てるのではなく、覆面を狙ったようだった。
 彼が避けると分かっている上で。
「今はそんな話しないで!こっちを護らないと」
 後ろには、ゾウモドキの檻がある。覆面の狙いはそれのはず。
「お・・・・・・おうっ!!」
 ディークも身構えると、覆面達が湾刀を抜き、襲い掛かってきた。
 先陣を切ったのは、イリス。ナイフを両手に持ち、覆面に向かう。
 湾刀が彼女の頭目掛け、振り下ろされようとしていた。しかしその時、イリスの姿は覆面の前から掻き消える。バランスを崩した覆面は、見えない相手から足を掛けられ、無様に転んだ。
 次々とイリスに襲い掛かる他の覆面達も、ことごとく得物をかわされ、返り討ちにされてしまう。