かけおちシンデレラ
自分たちがあんな事をしてしまったのかという思いと、より親密になった嬉しさを覚えながら、朝を迎えた。操はもう起き出して、台所にいる音がする。
二人で朝食をとりながら今日の予定を話し合った。操は町の呉服屋に行って和裁の仕事を貰ってくると言う。英作は―俺は何をすればいいのだろう―と考えてしまった。計画を立てる間もなく駆け落ちということになった。農繁期ならともかく、これから冬に向かう。やはり、職人になるのがいいのだろうか。見習いの職人はただ働き同然と聞いたことがある。
「英作さんはゆっくり探せばいいよ」という操の言葉に、そうもいかないだろうと思うのだが、あいまいに頷くしかなかった。
二人一緒に家を出た。操はともかく、自分は全くあてがない。途中で操と別れ、一人で町を見て回った。小さな町だが古い土蔵やお寺があって城下町の風情がある。それもしばらくすると見終わってしまった。店員求むという所は無く、工場は醤油の醸造所だけだった。そこも小さな建物で、人手が足りないということは無いだろうと思った。
町の中央を川が流れていて、橋が架かっている。その上でしばらく水の流れを見ていた。
すこしずつ上流に目をやると、蛇行していて先に小さな山が見えた。町に来てまだ一日しか経っていないのに、懐かしい感じがして不思議だった。
気がつくと英作は山に向かって歩いていた。 思いついて松の枯れ枝を集めた。まだ樹に付いている枯れ枝も届く所は引っぱって、折れた物も集めた。お風呂を沸かすのに少しは役立つだろう。お風呂を想像してふと操の風呂上がりを思い出した。体も同時に反応を示した。英作は頭を振って松林を眺める。所々に灌木があって、赤い実が木漏れ日を浴び輝いていた。
仕事は見つからなかったけど、少しは役に立っただろうという自己満足を感じながら、家に着いた。操はもう帰っていて、部屋にいた。
「お帰り」と操の弾んだ声を聞いて元気が出た。見ると、もう仕事を始めていた。
「呉服屋でね、仕事はいっぱいありそうなんだ。でも最初だからモンペを頼まれたんだ」
「ふーん」と俺は操の手元を見る。紺色の生地が広げられ、大きな鋏がそばに置いてあった。縁側にある障子戸ごしに晩秋の光が操の顔を輝かしている。
「俺は、無かったよ」とポツリと言うと、操は「ゆっくり決めればいいよ」と針を動かしながら言った。
「仕事、みつかるかなあ」英作がため息まじりに言う。
「あせらなくてもいいよ。しばらく困らないから」と操が自信ありげに言うので少しほっとした。
「せっかく一緒になったんだから、側にいて」と操が媚びたように言うのを、くすぐったい気持ちで聞いて、操がモンペを縫って行くのを見ていた。少しずつそれぞれの家の事を話しながら、知らない事が色々とあることを知った。操の父にお妾さんのいること、一番上の姉とはあまり仲が良くないこと、すぐ上の姉は夢見る少女の様だとか無口な母のことなどを知った。操はかなり前から家を出たいと思っていたと言う。
「ところで、ここは何れ両親に見つかるんじゃない」と英作は心配なことを聞いた。
「覚悟してます」と操は簡単に答えた。そして、言葉が足りないことに気付き、「連れ戻しに来たってテコでも動きません」と強い口調で言った。
それは家の居心地が悪いからか、自分への情の深さととっていいのか自信が無かったが、「ようし、俺も頑張る」と自然に口に出た。
(終)