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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ ・・第3部

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ありのままに?頼まれたからって?でも、それも何だか都合のいい言い逃れみたいな気がしていた。

結局ボクは、ボクの・・自分の意思でリエ坊と寝てしまった訳だし、いくら言い寄られたからって恭子を裏切る事になるのは十分に分かっていたのだから。
そして、その後リエ坊を好きになりかけていた事も否定出来ない。
「なんて言おうか」独りごちたところに恭子が帰ってきた。

「お弁当、買うてきたっちゃ」
「アンタの分もあるけ、食べたくなったら食べり?」
「有難う・・でも、今はいいや」
「痛むと?」
「うん、あちこちね」

はぁ〜、全く・・と言いながら恭子はケトルを火にかけた。
その湧いたお湯でインスタントの味噌汁を作って、恭子はテーブルで無言でお弁当を食べだした。
ボクはその間、気まずい思いで天井を見ながら考えていた。

「ふ〜、ご馳走様!」恭子が立ち上がって食べ終わった弁当を片付けてボクの横に座った。

「考えたっちゃけど・・」
「うん」
「アンタ、何でうちと付き合ってくれたん?」
「本当はうちやなくても誰でも良かったと?」
「どういう意味?」

「う〜ん、寂しかったけ取り敢えず・・みたいな」
「オレは・・」
「それとも、うちが可哀想やったと?」
「え?」
「アンタに一生懸命アタックしたけ、可哀そうやけ相手してくれたと?」
「違うよ、それは!」

ボクは起き上って恭子を見た。
「確かに誕生会の時、恭子に言われてビックリしたけど・・」
「嬉しくなって好きになったのは本当だよ、恭子の事」
「そう・・」
恭子は暫く視線を落として考えた後、ボクの一個の目を見て言った。

「でもアンタ、さっきの子も好きやろ?」
「え・・」
「はぁ、しょんなかね、バレバレたい」
「アンタの顔に書いてあるばい、あの子が好きって」
「恭子・・」

「でも、うちの事もまぁだ好きなん?やけ追いかけてきたと?」
「うん、心配だったし」
「何で?」
「だって、帰れないんじゃないかって思ったからさ」
「そう」

恭子はそう言うと、立ち上がって煙草と灰皿を持ってきた。
そして、セーラムに火を点けてゆっくりと煙をはいた。

恭子は、流れる煙を目で追いながら考えている様だった。

「うちが・・」
「え?」
「うちが何で帰って来たか分からんっちゃろ」
「荷物、取りに来たんじゃないの?合宿用に」
「それは、パパへの建前っちゃ」
「本当はな」

恭子は煙草を灰皿に押し付けて、ボクの顔の前に座った。
「アンタに会いたくて、抱かれたくて帰ってきたと」
「我慢出来んかったっちゃ、籠の鳥やったけね・・実家は」
「恭子」
「京都に行くまではまだ日にちがあるやろ?我慢できんかったとよ」
そこまで言うと、恭子は立ち上がった。

「さ、うちはシャワー浴びるけ。アンタは?」
「うん・・」
「お弁当、気分良かったら食べり?お味噌汁もあるけお湯入れてな」
恭子はそう言い残してシャワーに行った。

ボクは恭子の後ろ姿を見送りながら起き上った。
どういう事なんだ?と思った、抱かれたくて帰って来たって・・。

恭子の性格を思えばそんな台詞も分からなくもないけど、今日の出来事を考えたらそう言い残してシャワーに行った恭子の真意が、ボクには分からなかった。
その分、裏切られた気分でガッカリしたって事か?
「ふ〜、分かんないな」
取り敢えずボクはベッドから起き上って、弁当を食べる事にした。
鳥の唐揚げと小振りなハンバーグ、脇にはケチャップ色の細いスパゲッティーがほんの少し添えてあった。
味噌汁のカップにお湯を注ぎ、掻き混ぜて一口啜った。

「いて・・」どうやら口の中も切っているらしい。
ちょっと沁みたけどお腹が空いていたのも事実だったみたいで、結局ボクは美味しく食べてしまった。
何だかんだ言って腹減ってたんじゃん、オレ・・と自嘲するしかなかった。

「食べられた?」
「うん、美味しかった、有難う・・」
良かった・・と言いながら恭子はバスタオルを巻いただけの姿で出てきた。

「顔色も良うなってきたばい」
「ビール、飲まん?」
「え、いいのかな・・」
「飲んだら痛くなりそうなん?」
「いや、そうじゃなくてさ、こんな場合オレ、飲んでいいのかなって・・」

「こんな場合って、どんな場合なん?アンタは」
「・・」ボクは黙って下を向いた。
恭子はボクに何を言わせたいんだろう。そしてボクは何て言ったらいいんだろう・・。

「もう、良かよ」
「え?」
「アンタを責めようと思っとったけど、考えてみたらうち、アンタの奥さんでも婚約者でもないんやけね」
「うちがおらん時、どこで何しとってもそれを責めるのはお門違いっちゃ」
「・・恭子」
「アンタの首に鎖は付けられんけね」
恭子はまだ濡れた髪をタオルでゴシゴシしながら言った。
そして、一呼吸置いてボクを見つめて続けた。

「でもな、うちがどんだけ寂しかったか分かっとるん?会いたくて来たのに他の女がおったら・・」
「うん、ごめん」
「悔しかったっちゃ、うちがおらん間にちゃっかり色んなものをアンタの部屋に持ち込んで!」

恭子はそれだけ言うと頭を拭いていたタオルで顔を覆った。
「・・矛盾してるのは分かってるっちゃ、自分でも」
「婚約者でもなんでもないんやけ、アンタを束縛する資格なんて無いっちゅう事は分かっとると」
「でも、うちの事を好きって言っとったアンタが他の女と・・」
はらわたが煮えくりかえる気持ちやった・・と恭子は続けた、涙声で。

「でも、やっぱり好きやけん!」
恭子はボクの目を見てはっきりと言った。そして、思い切り抱きついてきた。
アンタの事、嫌いになれんもん・・と言いながら。

「恭子・・」ボクは思い切り抱きしめられた痛みで呼吸が出来なかった。
「恭子、ちょ、ちょっといいか?」
「なんね」
「あの、痛いんだよ、胸が・・」
あ、ごめん・・と言いながら恭子は離れた。

「そげん痛むと?」
「うん、死ぬかと思った、呼吸出来なくて」
「もう、根性無し!」
「だって、ひび入ってるかもしれないって・・」

恭子は今度は何も言わず、両手でボクの顔を抱えてキスしてきた。
「しょんなかばい、これで我慢してあげるっちゃ」
それは、懐かしくて優しいキスだった。

「アンタもシャワー浴びてき?汗臭いっちゃ!」
「あ、ごめん」
「でも着替えが・・」
「良かけ、今夜は裸でおり?罰っち思うてな」

はい・・と言ってボクは裸になった。
「あ〜あ、痣だらけっちゃ、アンタ」
「そんなに?」
「うん、いろんな所が赤くなっとるけね」
「痛いわけやね、ざま見ろっちゃ!」

恭子は笑いながらボクの手を引いた。
「自分じゃ体も頭も洗えんやろ?うちが洗っちゃるばい、汗も他の女の匂いも」
「恭子」
「あ〜あ、惚れてしもた弱みやね・・」
恭子はそう言いながらボクの左目の眼帯を外し、ガーゼだけにした。

「シャワー終わったら消毒しちゃるけん」
「持ってるの?消毒の薬とか」
「これでも開業医の娘やけね、ひと通りは揃えてあるばい」
そう言って威勢良くボクの頭からシャワーをかけてくれた。

嬉しいのか情けないのか、ボクは恭子に分からない様に少しだけ泣いた。

「ちょっと待っとき」
作品名:ノブ ・・第3部 作家名:長浜くろべゐ