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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ ・・第3部

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「うん、左目の上・・切っちゃった」
「縫ったと?」
「・・うん」

「なして・・?」
「・・ちょっとね、他のバンドのヤツ等に頭に来る事言われたりされたりしちゃってさ・・・・」

痛むと?と恭子はボクの顔を覗きこんだ。
「脹れとるね、ひどかばい」
「最初はこんなんじゃなかったんだけどね、段々脹れてきちゃった」

そう・・と言って恭子はリビングに戻った。

ボクがスニーカーを脱いで上がろうとすると「あ、良かけ・・そこにおって?」と制された。
「・・上がっちゃ、ダメ?」
「うん、うちももう出るけん」

「え、出るって、どこに?」
「帰るっちゃ」
「・・もう?」

恭子はボクを真直ぐに見ながら一気に言った。

「今夜はアンタと一緒におりたかったけど、やっぱ帰る」
「必要な荷物はまとめたしアンタに鍵だけ渡したかったと・・いくらなんでもアンタの部屋、鍵かけんで帰る訳にはいかんちゃろ?」

そりゃそうだけど、帰っちゃうのか・・とボクは呟いた。

ボクの言葉を聞いたのか聞かなかったのか、恭子はリビングの電気を消してボストンを下げて玄関に来た。

そしてボクらは外に出た。
恭子はドアに鍵をかけて、ボクに一通の封書とボクの部屋の鍵を渡した。

「これ・・読んで」
「・・これって?」
「良かけ、自分の部屋に帰ってから読んでな」

恭子はボストンを下げたまま、エレベーターのボタンを押した。

「新幹線、まだあるの?」
「・・分からん」
「分かんないって、もう博多行きが無かったらどうするんだよ」

「良か・・したら飛行機、スカイメイトで帰るけん」
「恭子・・・・」
「飛行機が無かったら、寝台車で帰るっちゃ」

エレベーターに乗ったボクらは無言だった。恭子は俯いたまま、ボクを見ようとはしなかった。

すずらん通りの喧騒の中で、恭子が言った。

「うち、1人で帰るけん・・ここでバイバイっちゃ!」
「・・恭子・・」

「・・したらね!」
恭子は小さく手を振り、歩いて行った。後を追うべきかそのままにすべきか・・ボクが迷っているうちに恭子の姿は人ごみに紛れた。

「・・・・」
ボクはぶ厚い封書に目をやった。
「はあ〜」大きなため息をついて、ボクはノロノロと自分のアパートに帰った。


鍵を開けた時、部屋は涼しかった。
恭子が気を利かせたのか、クーラーのスイッチを入れてくれたんだろう・・。

ダイニングのパイプ椅子にドスンと腰を下ろして、ボクは封書をテーブルに置いた。

冷蔵庫から缶ビールを出して、ボクは一気に半分位空けた。

一服しながら暫く、封書とのにらめっこが続いた。


缶ビールが空いて、ボクは思い切って封を切った。


「今、頭が混乱しています。思いつくままに書きますので乱筆乱文で失礼します。」

恭子の手紙は、そんな堅苦しい他所行きの言葉で始まっていた。

「アナタに会えると思って上京したのに、アナタの部屋で会えたのは知らない女性でした。しかもその人はアナタのシャツを探していました。訳は聞きましたが私も女のはしくれです、その人の表情を見ればアナタとどういう関係なのか位はピンときてしまいます。
しかもアナタの部屋の下駄箱の上には、私の出した速達が裏返しのまま置かれていました。私がその速達を手に取ると、彼女は決まり悪そうな顔をしました。それで分かったのです。
きっと、彼女は届いていた速達をアナタに見せなかったのだと。という事は今日の午前中も彼女はアナタの部屋にいたんですね。

私の勝手でアナタに強引に近づいて京都まで引っ張り回して、また私の勝手で旅行を終わらせた事は心苦しく思っていました。ですから京都で別れた後、アナタがどう思うのか実は心配だったのです。アナタの中で私はどういう存在なのか。
私はアナタの彼女でいたいと心底思いました。アナタを救ってあげられる、そんな思い上がりはもうありませんがアナタと共に歩いていきたい、それをアナタも喜んでくれたらいいなと。

でも、自分がいかにおめでたい自惚れ屋か、久しぶりに訪れたアナタの部屋を見渡して分かりました。
可愛いエプロンにおシャレな食器、テーブルクロス、冷蔵庫の中の食品。きっとあの彼女がアナタのために揃えてくれたものなのでしょう。

初めは部屋でアナタの帰りを待つ積もりでした。でもそんな部屋にいる自分が段々とみじめで情けなく思えてきて、マンションに帰りました。きっとアナタは彼女にシャツを渡されてもう少ししたら自分の部屋に帰って来るのでしょう。
そして張り紙を見て私の部屋に来るでしょうね。

会って顔を見てしまったら、きっと言いたい事も聞きたい事も言えなくなってしまいそうな気がして、手紙にしました。
今夜は久しぶりに2人で過ごしたいと思っていましたが、帰る事にします。アナタの事は好きです、しかし分からなくなっています。
思い出を大切にしていたアナタを私が裏切らせた(ケイコさんに対して)からでしょうか、アナタを自分の思い通りに強引に引きずった罰なんでしょうか。

私は慌て過ぎたのでしょうか、教えて下さい。私はアナタを好きでいていいのでしょうか、もうご迷惑なのではないですか?それならはっきりとそう言って頂ければ助かります。
アナタの本当の気持ちはどこにあるのでしょう。ケイコさんですか、それとも彼女ですか、私ですか?

こんな言い方は矛盾していますが私はきっとアナタを好きでいます、これからも。アナタも私を好きでいてくれるなら嬉しいのですが、もう今日みたいな思いはしたくないのです。

帰って少し頭を冷して、またお手紙します。アナタの正直な気持ちを聞かせてくれたら嬉しいです。   恭子」


アナタになっちゃった・・ボクは便箋をテーブルに置いて、煙草に火を点けた。
腕を組んで天井を見上げたら、左の頬がズキズキと痛みだした。

「これも、罰なのかな・・・・」ボクの独り言に蛍光灯がチカっと瞬いた気がしたのは、気のせいだったのだろうか。


ふと時計を見ると7時半を回っていたから、恐らく新幹線も飛行機も、もう無いだろう。
寝台車と言っても、京都に行った銀河は確か11時過ぎの発車だった。
しかし銀河は大阪止まりだから、恭子が今日中に九州に帰る事は無理なんじゃないか?と思ったらボクは急にそわそわしてしまった。

「どうするんだよ、恭子」

今更ながらにボクは、自分の間抜けさに腹が立った。
さっき、無理やりにでも引き留めて話をすべきじゃなかったのか?恋人をたった一人放りだして自分だけ涼しい部屋にいるなんて・・。

「どうしたらいいんだよ・・」

そう思いながらもボクは、段々痛みが増してきた頬を取り敢えず冷そうと冷蔵庫から氷を出した。
氷嚢なんて洒落たものは無かったから、適当なビニール袋に氷を入れて水を足した。

それを押し付けていると、少しは痛みも楽になった。
暫くはそうしていたが、次第に居ても立ってもいられなくなってきてボクは東京駅に向かうことにした。

明大前の坂を上りながらボクは考えていた。
もしかしたら、いや・・きっと会えない確立の方が何倍も高いだろう、それを承知で何で行くんだ?東京駅まで。
行く事はただの自己満足なんじゃないか?ここまでやった・・と自分を納得させたいがための。
作品名:ノブ ・・第3部 作家名:長浜くろべゐ