ノブ ・・第3部
「暫くそうして曲を完全に覚えてからまた、タブ見てみな?」
「こんなの叩けないって思ってたトコも、あっさり叩けるぜ、きっと」
「・・そういうもんなんですか?」
おう、そういうもんだ、多分な?!ガハハ・・とタカダは笑ってコーラを飲み許した。
「さ、次いくか!」
「はい」
ドラムセットに座ってスティックを握ると、リエ坊がボクに言った。
「シン、スティックでカウント取って?!」
「・・パープル ヘイズ」
「おう、いつでもいいぜ」タカダは、もう笑ってなかった。
「あ、そうそう・・」
リエ坊は突然ベースを置いて、自分の前にマイクを立てた。
「ジミヘン、私歌うから!」
「いいな、頼むよ」
正直、ボクはホっとした。
ジミヘンの2曲だけは全部をちゃんと聴いた事がなかったから、スコアをいくら見てもピンと来なかったのだ。
それにドラムのタブも難しくて、歌いながらの自信なんて無かったからね。
「シン、カウント・・」
「はい!」
ボクはスティックでカウントを刻んだ。
ワン ツー スリー フォー・・・
特徴的なギターのイントロが始まって、すぐにボクとリエ坊が被さった。
曲の緊張感が、だんだんと高まってきてボクの気分も高揚してきた。
「・・ここからだ」
ボクは初めてのスネアの裏打ちに必死になりながら、ギターを聞いた。
「パープル ヘイズ!」
リエ坊の意外とドスの効いたボーカルが入って一気に音が厚くなった。
ボクは必死に覚えた通りに叩こうと頑張ったが、如何せん付け焼刃の悲しさ、ギターとベース、ボーカルに引き摺られた感じでついていくのが精一杯だった。
リエ坊がシャウトして、タカダのギターがソロで泣いた。
「すげ〜、カッコ良すぎる」
ボクは叩きながら2人に見とれた。
リエ坊は、ピックを使わずに指で弾いていた。
でも出てくる音はカチっと締まっていて、歌いながらでもそれは変わらなかった。
タカダのギターはフレーズ毎に音色が変わって、その度に違う世界を感じさせた。
曲が進んで、段々とボクも遅れない様にはなっていった。
そして気が付いたら、ボク自身・・・歌詞を口ずさんでリエ坊とユニゾンでシャウトしていた。
ボクは楽しくなって、2人を交互に眺めながら叩いた。
「ノるって、こういうコトなのかな?」
勿論ミスなんて山ほどあったんだろうが、そんなコトは少しも気にならない位楽しくて!
ギターソロが終わって、最後はリエ坊の目配せでジミヘンの一曲目は終わった。
「・・・すんませんでした」
ボクは前半のリズムが遅れた事を謝ろうとしたが、顔がニヤけてしかたなかった。
「なに笑いながら謝ってんだよ、シン!」
タカダも笑っていた。
「そうね、でもまぁ、一発目にしては良かったんじゃない?」
「おう、いい感じだった」
ボクはこの一言で、心底ホっとした。
「お前もノリノリだったじゃん!」
「良かったよ、後半は」
タカダがボクは見て、ニヤっとして言った。
「気分、良かったべ?」
「はい!」
ガハハと笑ったタカダにリエ坊が言った。
「・・いいけど、アンタは少しネチっこくなかった?」
「バカ言え!あれだって遠慮してんだぞ?オレは」
ま、ジミヘンだからね、あれ位でいいか・・とリエ坊は呟いた。
そして、次にボクを見て言った。
「シンはさ、私の音、良く聞きなね?!」
「遅れたり走ったりしてさ・・・不安だったら、私を見て聞いてね!」
「はい、気を付けます」
「さ、今の2曲・・もう一回通そうよ」
「おう!」
それからの3時間でボクは、多分痩せたと思う。
「今日、この2曲を仕上げるつもりで」
このリエ坊の一言は、嘘ではなかった。
「オカズはいいから、とにかく通しでリズムが狂わないようにしようよ」
リエ坊の言葉は優しかったが要求は厳しかった。
ボクは叩き続けた、リエ坊のオッケーが出るまで。
オッケーが出たら、小休止の後3人での合わせ。
そしてまた、ダメ出し・・・ボクだけの反復練習。
その間タカダは、笑ってギターを弾いていた。
時々・・頑張れよ!と声援を送ってくれた。
途中の休憩時間も、ここをこうしてあそこはこう叩いて・・とリエ坊とタカダの指導は続いた。
徐々にではあるがボクも少し分かってきたみたいだった。
時計の針が5時半を過ぎた頃「さ、最後にもう一回・・2曲通しね!」
「・・はい」
ボクは、痺れる両手をブラブラさせて汗を拭った。
タオルはもう、ぐっしょりと重かった・・・。
「よし、決めてやる」
キッスのイントロが始まった。
ボクは目を閉じて、ステージ上の本番を想像して自分を緊張させた。
そして、この3時間で程よくしわがれた声で精一杯、歌って叩いた。
パープル ヘイズも言われた箇所に注意しながらリエ坊の邪魔にならない様に・・歌った。
2曲通しが終わって、ボクはドラムセットの椅子から床にへたり込んだ。
「どした、シン!」
「ダメ・・限界っす」
「うん、何とか様になったね。良かったよ、シン」
「ほんとすか?本当なら、オレ、嬉しい」
もう、スティックを握る握力すら残ってなかった。
よくなってきたね・・・と、リエ坊は床に崩れ落ちたボクに微笑みかけてくれた。
「リズムも安定してきたし、スネアとかハイハットの音も締まってきたし・・ボーカルも、ちょっと声がかすれていい感じよ?!」
「ありがとう・・ございます・・嬉しいっす」
「なんだ、そんなにバテたか?」
「ま、そうかもな・・リエ坊、けっこう粘着質だからよ!」
「なに言ってるのよ!時間無いんだからしょうがないじゃない!」
はい、分かってますです・・・ボクはほとんど床に寝っころがって言った。
心臓はバクバクだし、Tシャツはきっと絞ったらジャ〜っと出る位に汗を吸っていたし、右足は勝手にピクピクしていたし・・。
でも、不思議に気分は爽やかで、得意じゃないけど長距離走を終えた後の感じに良く似てた。
「ほら、飲もう」
「あ、有難うございます・・」リエ坊がまた、冷えたコーラを買って来てくれた。
起き上って、コーラを飲んだ。
喉に転がり落ちる炭酸が気持ち良くて、ボクは一気に飲んでしまった。
きっと体も水分を要求していたんだろう、飲んだ直後にはまた汗がドっと噴き出たのだから。
「さ、今日はこれであがりね」
「おう、ま、2曲は目鼻がついたってトコか」
「うん、そうね・・」
あ、そうそう・・・とリエ坊が言った。
「練習、次回は明後日の同じ時間だからね?!大丈夫?」
「明後日な・・分かった」
「シンは?平気?」
「はい・・って言うか、何があっても練習最優先しますよ、オレの場合」
「うん、じゃ、今日の2曲も忘れずにおさらいしてきてね?!」
「はい、勿論です」
これからどうする?みんなで飲みにいくか?・・・とタカダは言ったが、ボクはさゆりさんとの約束の時間が迫っていたので、今日は遠慮します・・と丁重にお断りした。
「そうか・・あ、オレもダメなんだ」
「なによ、自分で言っておいて」
わり〜、今夜は店だった・・とタカダはギターを仕舞いながら笑って言った。
店?キャバーンのヤツ等が言ってた、銀座のキャバレーか?
「あの〜」
「ん?」