ノブ ・・第3部
「オペ室入れて貰ってさ、手術してる先生に直接聞いてみようよ!今後のアイツの事」
「でも入れてくれるかな、オレ達」
大丈夫よ、学生なんだから見学させて下さいって言えば・・・・とリエ坊はもう、立ち上がっていた。
そして飲み干した紙コップをクシャと握り潰して、ゴミ箱に放り投げた。
「さ、行こう?シン!」
「う、うん・・」ボクも慌ててコーヒーを飲み干して、リエ坊について行った。
エレベーターが5階に着いて「チン・・」と扉が開いた。
向かって左に進むと、説明室と書かれたドアが一つと家族控室と書かれたドアが二つ並んでいた。
ボクらはキヨさんとタカダの両親がいるであろう控室の前を通って、正面のナースステーションに行った。
リエ坊がカウンターの内側のナースに声をかけた。
「すみませんが・・」
「はい」
「ココの学生なんですけど、手術を見学したいんです。出来ますよね・・」
「何年生?」
「3年と1年です」
「許可は取ってあります?」
「え、許可がいるんですか?」
「はい、BSL以外の学生さんの手術見学に際しては指導教授の許可が必要なんです」
「・・そうなんですか」
「BSLって?」ボクは、聞きなれない単語を小声でリエ坊に聞いた。
「5年生になったら病院実習、臨床実習があるでしょ?その事よ」リエ坊の顔には落胆の色が拡がった。
「友人の、同級生の手術が始まってると思うんですけど、それでも駄目ですか?」
「規則ですから」
そう言って仕事に戻ったナースに、もう取りつく島は無かった。
仕方なしに、ボクらはオペ室の扉に背を向けて引き返した。
「甘かったね・・」
「仕方ないじゃん、許可がいるなんて知らなかったんだから」
「うん、考えてみれば当たり前かもね」
誰でも入れちゃったら、その方が問題だもんね・・・・とリエ坊が俯きながら言った。
結局学生控室に戻ったボクらは、隅にかたまっていた一団に気付いた。
キャバーンの面々だった。
向こうもすぐにボクらに気が付き、こっちに来た。
「済まなかった」リーダーと思われる男が、ボクらの前で深々と腰を折った。
「いい訳しても始まらないけど、本当に申し訳ない事をしたって思ってる」
「もういいわよ、私に謝られたってシンの傷が消える訳じゃないしアイツの顎がくっ付く訳じゃないんですから!」
辛辣な一言を、リエ坊はそのリーダーに浴びせかけた。
「うん、申し訳ない・・」
リーダーが顔を上げて続けた。
「オレ達、学園祭には出ない事にしたよ」
「さっき警察の事情聴取が終わってさ、学生課長とも話したんだけど・・」
「こんな騒ぎになっちゃったから、自粛する事に決めた」
「それで許してくれとは言えないけど・・せめてものオレ達の償いだと思ってくれたら嬉しい」
リーダーの目は真剣だった。
自粛・・リエ坊がその言葉を反芻した。
「警察の方はどうなったんですか?」
「被害届が出された時点で、刑事事件、障害事件として動き出すらしい」
「じゃ、シンの件は?」
「それも同じだよ、君が被害届を出したら別件として事件扱いになるんだって」
リーダーがボクを見て、済まなそうにまた頭を下げた。
考えてもみなかった、被害届だなんて。
ボクの頭の中には、タカダ母ではないがケンカ両成敗って事しかなかったからね。
スネアを蹴られたからとは言え、先に殴りかかったのはボクの方だし。
「ボクの事はいいですよ、もう。お互い様って気がするから」
「でも、タカダさんはどうなんだろ」
アイツは・・・・リエ坊も考えてしまった。
事ここに至ってはタカダ個人の問題ではなく、両親も巻き込んだ形になってしまっていたから。
「アイツは被害届なんて考えないだろうけど、ご両親はどうするかしら」
「うん、タカダの親は届を出すだろうな。仕方ないさ、それだけの事やっちゃったんだから」
「オレ達はここで待って、オペが終わったら・・まずきちんと謝るよ」
「うん、その方がいいわね」
じゃ、また・・とリーダーは部屋の隅に行った。
ボクらはまた、自販機でコーヒーを買って飲んだ。
「何時頃、終わるんだろうね・・・」
「聞いてみようか、オペ室に」
そう言うとリエ坊は内線で交換台に電話して、オペ室に繋いで貰った。
「はい、はい・・」
「・・わかりました、有難うございます」
「あと3時間以上はかかるだろう・・って」
「そんなに?大変なんだね、手術って」
「うん、そうなんだね」
「あのさ、リエ?」
「なに?」
「オレ、着替えてきてもいいかな」
「あ、そうか。気持ち悪いよね、そのままじゃ」
そうなんである、ボクのTシャツは汗と血にまみれて、さすがに気持ち悪かったから時間があるなら着替えに帰りたい・・とボクは言った。
「うん、でも・・暑いよ?外はまだ」
「いいさ、汗かいたらシャワーでも浴びてくるから」
「私、取ってきてあげようか?着替え・・」
「え?いいよ、そんな事頼めないよ、悪くて!」
「ううん、シンは怪我人だし・・まだ痛いでしょ?それに傷にも良くないんじゃない?汗かいちゃったらさ」
「そう、なの?」
「うん、私行って来るよ、シンの部屋」
替えのTシャツの置き場も分かってるし、涼しいここにいた方がいいよ、シンは・・とリエ坊が微笑みながら言ってくれた。
「じゃ、ほんとにいいの?頼んじゃって」
「任せて!鍵・・ちょうだい?!」
ボクは、短パンのベルト通しに引っかけてたカラビナから古めかしい鍵を外して渡した。
「これ・・癖があるからね?!うちの鍵穴」
「大丈夫よ、入れて回せば開くんでしょ?」
「うん、多分・・」
「じゃ、行ってくるわ。シンは少し休んでて?」
そう言いながらリエ坊は、椅子を並べてボクに横になる様に促した。
「帰って来るまで休んでなさいよ、着替え持ってきたら起こすから・・」
「・・有難う、眠くはないけどゴロっとしとくよ」
正直ボクは部屋の隅の連中が気になったが、疲れていたのは確かだった。
それに、体のあちこちがズキズキし始めてたし。
「じゃ、ね!」リエ坊はキャバーンの連中からは見えない様に、横になったボクの頬に可愛いキスをして控室を出て行った。
ふ〜〜、どうなっちゃうんだろ、これから・・・・と考えながら、ボクは目を閉じた。
そうして浮かんできたのは、リカバリールームを出て行く時のキヨさんの顔だった。
うまくいくといいな、どっちも・・・・。
陽炎
どの位、ボクは寝てたんだろう・・キャバーンのメンバーに肩を揺すられて起きた時、一瞬、頭の整理に時間がかかってしまった。
「終わったってよ、タカダのオペ」
「あ、どうも・・」
起き上ったボクはリエ坊を探したが、学生控室にリエ坊の姿は無かった。
どうしたんだろ、そんなに時間かかるワケないのに・・・・。
「オレ達、病室行ってみたいんだけど、いいかな・・」
「はい、いいんじゃないですか?」
一緒に行きましょう・・とボクはキャバーンのメンバー5人と病棟のエレベーターに乗った。
「うまくいったのかな・・」
「どうでしょうね・・」
重苦しい雰囲気のボクら6人を載せたエレベーターは、8階に着いた。