ノブ ・・第3部
「うん、考えてみれば当たり前かもね」
誰でも入れちゃったら、その方が問題だもんね・・・・とリエ坊が俯きながら言った。
結局学生控室に戻ったボクらは、隅にかたまっていた一団に気付いた。
キャバーンの面々だった。
向こうもすぐにボクらに気が付き、こっちに来た。
「済まなかった」リーダーと思われる男が、ボクらの前で深々と腰を折った。
「いい訳しても始まらないけど、本当に申し訳ない事をしたって思ってる」
「もういいわよ、私に謝られたってシンの傷が消える訳じゃないしアイツの顎がくっ付く訳じゃないんですから!」
辛辣な一言を、リエ坊はそのリーダーに浴びせかけた。
「うん、申し訳ない・・」
リーダーが顔を上げて続けた。
「オレ達、学園祭には出ない事にしたよ」
「さっき警察の事情聴取が終わってさ、学生課長とも話したんだけど・・」
「こんな騒ぎになっちゃったから、自粛する事に決めた」
「それで許してくれとは言えないけど・・せめてものオレ達の償いだと思ってくれたら嬉しい」
リーダーの目は真剣だった。
自粛・・リエ坊がその言葉を反芻した。
「警察の方はどうなったんですか?」
「被害届が出された時点で、刑事事件、障害事件として動き出すらしい」
「じゃ、シンの件は?」
「それも同じだよ、君が被害届を出したら別件として事件扱いになるんだって」
リーダーがボクを見て、済まなそうにまた頭を下げた。
考えてもみなかった、被害届だなんて。
ボクの頭の中には、タカダ母ではないがケンカ両成敗って事しかなかったからね。
スネアを蹴られたからとは言え、先に殴りかかったのはボクの方だし。
「ボクの事はいいですよ、もう。お互い様って気がするから」
「でも、タカダさんはどうなんだろ」
アイツは・・・・リエ坊も考えてしまった。
事ここに至ってはタカダ個人の問題ではなく、両親も巻き込んだ形になってしまっていたから。
「アイツは被害届なんて考えないだろうけど、ご両親はどうするかしら」
「うん、タカダの親は届を出すだろうな。仕方ないさ、それだけの事やっちゃったんだから」
「オレ達はここで待って、オペが終わったら・・まずきちんと謝るよ」
「うん、その方がいいわね」
じゃ、また・・とリーダーは部屋の隅に行った。
ボクらはまた、自販機でコーヒーを買って飲んだ。
「何時頃、終わるんだろうね・・・」
「聞いてみようか、オペ室に」
そう言うとリエ坊は内線で交換台に電話して、オペ室に繋いで貰った。
「はい、はい・・」
「・・わかりました、有難うございます」
「あと3時間以上はかかるだろう・・って」
「そんなに?大変なんだね、手術って」
「うん、そうなんだね」
「あのさ、リエ?」
「なに?」
「オレ、着替えてきてもいいかな」
「あ、そうか。気持ち悪いよね、そのままじゃ」
そうなんである、ボクのTシャツは汗と血にまみれて、さすがに気持ち悪かったから時間があるなら着替えに帰りたい・・とボクは言った。
「うん、でも・・暑いよ?外はまだ」
「いいさ、汗かいたらシャワーでも浴びてくるから」
「私、取ってきてあげようか?着替え・・」
「え?いいよ、そんな事頼めないよ、悪くて!」
「ううん、シンは怪我人だし・・まだ痛いでしょ?それに傷にも良くないんじゃない?汗かいちゃったらさ」
「そう、なの?」
「うん、私行って来るよ、シンの部屋」
替えのTシャツの置き場も分かってるし、涼しいここにいた方がいいよ、シンは・・とリエ坊が微笑みながら言ってくれた。
「じゃ、ほんとにいいの?頼んじゃって」
「任せて!鍵・・ちょうだい?!」
ボクは、短パンのベルト通しに引っかけてたカラビナから古めかしい鍵を外して渡した。
「これ・・癖があるからね?!うちの鍵穴」
「大丈夫よ、入れて回せば開くんでしょ?」
「うん、多分・・」
「じゃ、行ってくるわ。シンは少し休んでて?」
そう言いながらリエ坊は、椅子を並べてボクに横になる様に促した。
「帰って来るまで休んでなさいよ、着替え持ってきたら起こすから・・」
「・・有難う、眠くはないけどゴロっとしとくよ」
正直ボクは部屋の隅の連中が気になったが、疲れていたのは確かだった。
それに、体のあちこちがズキズキし始めてたし。
「じゃ、ね!」リエ坊はキャバーンの連中からは見えない様に、横になったボクの頬に可愛いキスをして控室を出て行った。
ふ〜〜、どうなっちゃうんだろ、これから・・・・と考えながら、ボクは目を閉じた。
そうして浮かんできたのは、リカバリールームを出て行く時のキヨさんの顔だった。
うまくいくといいな、どっちも・・・・。
陽炎
どの位、ボクは寝てたんだろう・・キャバーンのメンバーに肩を揺すられて起きた時、一瞬、頭の整理に時間がかかってしまった。
「終わったってよ、タカダのオペ」
「あ、どうも・・」
起き上ったボクはリエ坊を探したが、学生控室にリエ坊の姿は無かった。
どうしたんだろ、そんなに時間かかるワケないのに・・・・。
「オレ達、病室行ってみたいんだけど、いいかな・・」
「はい、いいんじゃないですか?」
一緒に行きましょう・・とボクはキャバーンのメンバー5人と病棟のエレベーターに乗った。
「うまくいったのかな・・」
「どうでしょうね・・」
重苦しい雰囲気のボクら6人を載せたエレベーターは、8階に着いた。
リカバリールームの扉は開け放たれていて、覗きこんだボクは中年の紳士と目が合った。
きっと、タカダのお父さんなのだろう。
「どうも」軽く会釈したボクに、その紳士は頷いて目で入ってくる様に促した。
ボクの後にキャバーンの連中も続いた。
「君は・・善明と同じバンドの学生かね?」
「はい、1年の小川と申します。どうだったんですか?手術は」
「うん、うまくいったらしいよ、問題は無いだろうとの事だったから」
よかった・・・ボクは座り込みたいほど、ホっとした。
後からも安堵のため息が聞こえた。
しかしベッド上のタカダはまだ麻酔が醒めていないのか目を瞑ったままだった。
鼻には透明のチューブが差し込まれていて、顔の下半分から首にかけては包帯の上にネットが被せてあり、首の付け根には酸素のマスクが置かれていた。
「首は、どうしたんですか?」
「あ、これか?」
「これは手術の影響で口腔内とか舌根・・ま、舌の付け根だね、そこが脹れると呼吸困難になるから・・」
窒息しない様に予め気管切開をしてあるんだよ・・と説明してくれた。
「首、頭頸部のオペの時は時々こうするんだ」
「気管に、あな開けちゃって大丈夫なんですか?」
「うん、暫く声は出せんが口腔内の脹れが退けばカニューレを抜けるよ」
「そうしたら自然に閉じる、で・・・声が戻るという訳だ」
「済みません、何で声が出ないんですか?」
「君は・・1年生と言ったな?」
「はい」
「じゃ、分からんのも無理はないが・・」
気管切開というのは喉の声帯より随分下のレベルの気管に孔を開ける、だからそこから呼吸すると空気が声帯を通らなくなるから声を失うのだ・・とタカダのお父さんは丁寧に教えてくれた。



