ノブ ・・第3部
そこにはガラスで仕切られた一角があり、煙草のマークが大きく描いてあった。
ボクは立ち上がってその喫煙コーナーに行き、中の椅子に座って一服した。
「ふ〜〜・・」
吐き出した煙には、色んなモヤモヤが入っていたみたいで・・ボクは段々に気持が凪いでいくのを楽しんだ。
話し合いか、うまくいくといいな。
タカダ家の事情はよく分からないが、子供が大変な時に無理難題を言う親もいないだろう・・と思うと、ボクは自然に顔が綻んだ。
キャバーンのボーカルも一先ずは謝ってくれたし。
でも、久しぶりにケンカしちゃったんだな。
考えてみれば何時振りの取っ組み合いだったんだろう・・・とボクは最後のケンカを思い出した。
「確か・・高2の時か」そう、新小岩の駅でボクは近所の私立高校の生徒3人に囲まれて、カツアゲにあったのだ。
ボクの通っていた高校は地元では進学校で通っていたが体育会系はまるでダメダメだったから、良く仲間がカモにされた話は聞いていた。
新小岩駅の改札を出た所で囲まれたボクは、耳元で「顔貸せよ、お前・・R高だろ?」と囁かれて、正直・・キュっとタマが上がった。
「・・ヤバ、3人かよ・・」と冷や汗が出たが、ボクとさも親し気に肩を組んで歩くもんだから逃げるに逃げられないんだな。
またその時は丁度、腹が減って駅の立ち食い蕎麦を食べた後だったから「ヤダな、腹蹴られたらソバ吐いちゃうかも・・」なんて事を考えていた。
1人が肩をガッチリ組んで残りの2人に前後をガードされて、ボクは完全に取り込まれた格好になり駅を背に右に曲がった。
すると細い路地になり少し進むと今度は左・・・。
ボクの前を歩くヤツからは、ブラバスのコロンが香った。
駅のロータリーの喧騒も遠のいた辺りで、肩を掴んでいたヤツがボクの腹にひざ蹴りした。いきなりの衝撃でボクはウッ・・と蹲ってしまった。
「・・ちょっとさ、お小遣い貸してくんない?」
「さっきお前ソバ喰ってたろ?見ちゃったんだよ、お前の財布」
あ〜、やっぱり・・あの時天ぷら蕎麦を頬張りながら妙に視線を感じていたんだが・・コイツらだったのか。
「ちょ、ちょっと待って・・」
ボクは制服の内ポケットから財布を出した。
しまった!今日は本屋に寄って本を買う予定で、ひと月分のお小遣い全額持ってきちゃったんだ。
「ほら、貸してみな?いくら入ってるんだ?」
ボクは青い二つ折りのビニールの財布を握って考えた。
まてよ?ここでコイツらに奪われたら今月オレはどうやって過ごすんだ?買いたい本も買えないじゃん・・そう思ったら急にムカムカと腹が立ってきて、ボクは財布をポケットに仕舞って立ち上がった。
そしてボクの前に立ちはだかってたヤツの襟を左手でいきなり引っ張って、顔に思いっきりチョーパンを喰らわせた。
「なめんな!」そう叫んだボクは、掴んだ襟は離さずに顔面に右でパンチを入れた、1発、2発・・。
「このやろう!」後から蹴られて首をきめられて、ボクはあっけなく道路に転がされた。
「コイツ、オレの歯・・折りやがった!」
ボクが不意打ちのチョーパンを喰らわせたヤツが、押さえた口元から血が流しながらモゴモゴ言った、ざまあみろ。
「R高のくせになめやがって!」
それからのヤツらは容赦無かった。ボクは必死に固まろうとしたが蹴られてひっくり返されて・・・結局、ポケットの財布は奪われてしまった。
何発殴られて蹴られたんだろう、こんな時耐えている時間ってのは長いんだな。
そのうち「ヤベ、マッポだ!」3人の内の1人がそう叫んで、ヤツらはバタバタと逃げて行った。
路上で蹲ったボクの目の前には、空っぽの財布が転がっていた。
「君、大丈夫か?」腰の警棒に手を当てながら警官がボクに駆け寄って来た。
「はい、大丈夫ですけど、お金が・・」
「全く、○高のヤツらだな・・立てるか?」
「はい・・」
その後、駅前の交番で被害届を出して、ボクは仰々しくパトカーで家まで送って貰ったのだ。
はは、あの時も後から顔が脹れて体中ズキズキして、ひと晩寝られなかったもんな・・と思い出しながらボクは1人で笑った。
って事は、今夜が辛いんだな・・と。
「もう、なによ・・・こんなとこでのんびり一服しちゃって!」
「あ、リエ」
「リエじゃないわよ、どこ行っちゃったのかって思うじゃない!」
「いや、一服したかったからさ」
「もう・・・」
リエ坊は、小さな氷嚢を包んだガーゼをボクの頬に押し当てながら言った。
「大丈夫?痛くない?」
「うん、気持ちいい・・有難う」
「看護婦さんがくれたの、これ」
「冷たくて気持ちいいよ」
「でもね、あんまり冷しちゃうと脹れが退くのが遅くなるんですって」
「そうなの?」
「うん、皮下出血とか血腫って、あんまり冷さない方がいいって言われたわ・・」
そうなんだ・・・ボクはリエから氷嚢を受け取って自分の頬に当てた。
「大丈夫かな・・」
「うん、気になるよね・・・」リエ坊もボクも同じ事を考えていたんだろう、ボクらはナースステーションの向こうに目を遣った。
緊急オペ
「一本くれる?」
私も・・とリエ坊もセブンスターに火を点けた。
「どんな話になるんだろう・・」
「うん、分かんないな、こればっかりは」
「まさか、別れ話じゃないよね!」
リエ坊がボクの目を見ながら言った。
「あの2人が?それはないんじゃない?」
お腹に赤ちゃんだっているんだし・・・とボクは言った。
「・・だよね、まさかね」
「でもさ、勘当してた息子と彼女に会いに来るって・・・よっぽどだよね」
「いや、どうだろ・・いくら勘当息子でも病気とか怪我だったら別なんじゃないかな」
「多分、タカダさんの両親も青くなってすっ飛んで来るんじゃん?」
「うん、そうだよね、きっと・・」
一服し終えたボクとリエ坊は、リカバリールームに戻った。
恐る恐る扉を開けると、気付いたキヨさんが手招きした。
「もうすぐ入室なんですって」
「そうなんだ・・」
「リエさん、お願いがあるんだけど・・」
「この人が手術室に入ったら私も控室に行くから、ご両親がみえたら控室の場所教えてあげてくれる?」
「うん、いいわよ」
「5階の手術室の前にあるって言ってたから」
「うん、5階ね?分かった・・」
「・・おい、リエ坊」
タカダが小さな声で呼んだ。
「なに?」
「シンとお前、デキちまったのか?」
「はぁ?!なんですって?」
「だから、付き合い始めたのか?って聞いてんだよ・・・」
「バ、バカ!何言ってんのよ、そんな事・・」リエ坊は、見る見るうちにトマトみたいな色になってうろたえた。
「シン・・」
「あ、はい」
「コイツ、こう見えて弱っちいからよ・・優しくしてやってくれよな?」
「え?!あ・・はい、でも・・」
「スス、照れんなよ、さっきオレが寝てると思って喋ってたろ?お前ら」
「分かっちまうんだよな・・」
すいません・・と何故かボクは頭を下げていた。
「バカ、謝る様な事じゃねぇだろ」
上手くやれよ、色々とよ・・とタカダが言った時、リカバリールームの扉が大きく開いてナースが2人入って来た。



