ノブ ・・第3部
「また言っちまったんだ・・部室行ってみろ、生意気なお前の仲間がどうなってるかってな」
「そしたら、タカダが顔色変えてかかってきてさ・・・」
「揉み合ってるうちにコイツ・・・オレが足払いしたらギター抱えたまんま、前に倒れたんだ」
「で、顔からアスファルトに倒れこんじゃって・・・両手でギター抱えてたから手が使えなくってさ・・」
「・・で、下顎を骨折したって訳ですか」
「え、折れちゃったの?顎の骨?!」
「そうよ、これからオペになるんだからね?どうしてくれるのよ?!」
はあ〜、参ったな・・・とソイツはその場に座りこんでしまった。
「他の人は・・どうしたんですか?」
「みんなで運び込んだんでしょ?救急に・・」
「うん、他のヤツ等は今、学生課で事情聞かれてる・・・警察に」
「え?・・って事は」
「そう、傷害事件扱いになったんだ」
当たり前よ、他人を・・訳はどうあれ、ここまで痛めつけたんだから・・とリエ坊が吐き捨てる様に言った。
「オレは一番最初に事情を聞かれてさ、取り敢えず被害者の様子を見て来いって言われて・・」
「本当に済まん、こんな大事になるなんて」気付けばソイツは、泣いていた。
「何で泣くんです?タカダさんへの涙ですか?それとも・・・警察沙汰になっちゃったからですか?」
「申し訳無くってさ、お前らに」
僻んでたんだよ、オレ・・・とソイツは呟いた。
「じゃ、タカダさんには申し訳ないって、思ってるんですね?!」
「うん、思ってる・・本当に申し訳ない事しちゃった・・」
「・・シンには?」リエ坊が言った。
「ここにも被害者がいるんですけど?!」
ソイツはボクを見て、言った。
「済まなかった、オレがあんなこと言わなきゃ・・・スネア蹴ったのも謝る、済まん」
「オレは・・いいですよ、もう」
「でも、タカダさんにもしも後遺症が残ったら・・許さないかもしれないです、アンタの事」
うん、分かってるよ、本当に済まなかった・・とソイツは立ち上がって、部屋を出て行った。
行きがてら「オペ、うまくいく事を祈ってるから」と言い残して。
警察沙汰か・・・とボクはベッドの横のベンチにリエ坊を座らせた。
「私が、悪かったのかな」
「え?なんで?」
「あんな挑発に乗っちゃったから、私」
「違うよ、リエの反応は当たりまえだよ」
「はぁ・・暫く活動休止だね、私達もアイツ等も」
「うん、仕方ないね、今はオペがうまくいく事だけ考えようよ」
ボクはそう言いながら、もの言わず横たわっているタカダの横で、リエ坊の肩を抱いた。
「大丈夫、うまくいくから、きっとね」
「うん、そうなって欲しい・・」抱いたリエ坊の肩が、小刻みに震えていた。
その時、カラ・・と静かにドアが開いて、青白い女性の顔が覗いた。
「キヨちゃん!」
「梨恵子さん、済みません・・」
謝る事ないわよ・・と、リエ坊はその女性の手を引いてタカダのベッドまで連れてきた。
「寝てるのよ」
「一体、どうしたんですか?」
キヨちゃんと呼ばれた女性は、バックを抱きかかえる様にしてタカダのベッドの横に立ちすくんだ。
「他のバンドと揉めちゃってね、転ばされた拍子に顎の骨折っちゃったんですって」
「・・揉めた」
キヨさんは暫くタカダを見つめていたが、バッグをベッドの足元に置くと枕元にまわって包帯だらけの顔を覗きこんで声をかけた。
「ヨっちゃん、痛い?大丈夫・・?」
「もう、ケンカ弱いくせに!向こうっ気だけは強いんだから」
「う〜ん、何だよ」
「耳元でうるせぇな・・」
包帯と骨折しているせいなんだろう、くぐもってはいたが今日初めて聞くタカダの声だった。リエ坊とボクはお互いにビックリして見つめ合った。
「目が覚めたの?痛い?」
「・・いて〜よ、顔中・・・」
「そこにいるのは・・リエ坊とシンだろ?」
「はい、そうです!大丈夫ですか?喋っちゃって・・」
「ああ、でかい声が出せねぇけどな、この位なら」
「・・アンタ、いつから起きてたのよ!」
「へへ、キャバーンのアイツ、泣いてたな」
「なんだ、ボクらの遣り取り聞いてたんですか?人が悪いんだから、もう!」
ホっとしたんだろう、ボクは笑いながら涙が出た。
見れば隣のリエ坊も同じだった・・・。
「いや〜、参ったよ・・」
「転んじまう!って思った時な、あ、ストラト!って思ってよ」
「両手で抱えたら顔から突っ込んじまった・・・」
「バカ、ギターなんて庇うから」キヨさんがタカダの頭を撫でながら言った。
「酒井さんのだったから?」
「まぁな・・」
「ごめんね、私のせいなの」リエ坊が言った。
挑発に乗ってしまって、部室で取っ組み合いになってしまったのだ・・とリエ坊はタカダに経緯を語った。
「へへ、そんな事だろうとは思ってたよ・・・いいじゃん、気にしてねぇよ」
「だってアンタは、そのトバッチリ喰った様なもんなんだよ?!」
「バカ、仲間が痛めつけられたら放っとく訳にはいかね〜だろ?!」
「ま、逆にやられちまったのはコッチだったけどな・・」
ススス・・と歯の隙間から空気が漏れる音が聞こえた。タカダの笑い声だった。
「連絡したからね?!」
「あ?何だって?」
「お家に、電話入れたの・・・」
「バカ、お前・・・余計な事すんじゃねぇよ!」
「仕方ないよ、こういう事はちゃんとご両親にお話しとかなきゃ」
「ふざけんな、キヨ!お前・・・」
「キヨちゃん、コイツの実家に連絡したの?」
「うん、知らせない訳にはいかないでしょ」
「で?」
「うん・・・」キヨさんは何故か俯いて黙ってしまった。
「いいさ、気にすんな」
「親父やお袋が言いそうな事位、オレにも分かるしよ・・」
「どうせもう、当家とは無関係ですからって事だろ?!」
「ヨっちゃん・・」
「アイツ等の言いそうなこった」
違うのよ・・・とキヨさんは顔を上げてタカダに言った。
「この際だからキチンと話し合いたいって」
「だから、もうすぐいらっしゃるの、ココに」
「おいおい!」
「オレは話す事なんか無ぇぜ?!お前だって・・」
「聞いて?ヨっちゃん」
リエ坊が目配せして、ボクの手をそっと引いた。ボクらは断らずに静かに廊下に出た。
「私達は・・いない方がいいでしょ?!」
「うん、そう思ったよ、オレも」
ボクらはナースステーションの前の廊下を進み、エレベーターホールのベンチに腰掛けた。
途端に顔の左半分がズキズキ痛みだして、ボクは頬に手を当てた。
「痛むの?」
「うん。急にね・・・」
あ・・っとリエ坊が小さく叫んだ。
「シンの頬っぺたの色、変わってるよ?!脹れてきた?」
「・・そう?」ボクも頬に手を当てた時に感じたのだが、どうやらプックリ膨れてきたみたいだった。
おまけにジンジンと言うかズキズキと言うか・・熱感を伴った痛みだった。
「どうしよう・・冷した方がいいのかな、こんな場合は・・」
リエ坊が慌ててボクの頬に触った。
「・・熱いよ?シン」
「冷した方が気持ちいいかな・・」
私、看護婦さんに聞いてくるね・・とリエ坊はナースステーションに走った。
「リエ・・・」ボクは走って行くリエ坊の後ろ姿を見送りながら、ふとホールの窓際に目をやった。



