ノブ ・・第3部
「大変だ、そりゃ・・・」
「さっき、キヨちゃんには連絡出来たからさ、もうすぐ来ると思うけど」
「・・キヨちゃん?」
「同棲してる彼女よ、キヨちゃん」
どうやら手術するには家族の同意書が必要らしい、未成年なら親・・成人なら配偶者ってとこか。
でもタカダは勘当になっていたから、この場合の同意書には同居人であるキヨちゃんのサインが必要なのだ・・とリエ坊は言った。
「いいのかな、親には知らせなくて・・」
「うん、私も思ったんだけど・・知らないのよ、コイツの実家の番号」
「そうか、仕方ないか・・でも、知らせた方がいいよね、こんな場合は」
その時、ドアが静かに開いた。
そして顔を覗かせたのは、見間違い様が無い・・ボクがぶん殴ったキャバーンのボーカルだった。
「大丈夫?タカダは・・・」
リエ坊がつかつかとソイツの前に行き、襟首を掴んでこっちに連れてきて言った。
「見なさいよ、こんなにしちゃって・・どうする積もりよ、アンタ!」
ソイツはベッドの上のタカダを見て、申し訳なさそうに小さく言った。
「済まん、こんな事になるなんて・・・」
「すまん?すまんで済めば警察はいらないわよね?!」
いいから、リエさん・・・とボクはリエ坊とソイツを引き離した。
「あ、お前も・・・目、切ったのか?」
「はい、パックリと」
「すまん、つい・・・」
「謝るのは後でいいですから、説明してもらえますか?タカダさん、なんでこんなに酷い目に合わせたのか・・」
「いや・・・」
キャバーンのボーカルは、タカダを見ながら話し出した。
「お前らと揉めてな、苛々してたんだよ、オレ達も・・」
「で、講堂を出た時にタカダとばったり出くわしてさ・・・」
「また言っちまったんだ・・部室行ってみろ、生意気なお前の仲間がどうなってるかってな」
「そしたら、タカダが顔色変えてかかってきてさ・・・」
「揉み合ってるうちにコイツ・・・オレが足払いしたらギター抱えたまんま、前に倒れたんだ」
「で、顔からアスファルトに倒れこんじゃって・・・両手でギター抱えてたから手が使えなくってさ・・」
「・・で、下顎を骨折したって訳ですか」
「え、折れちゃったの?顎の骨?!」
「そうよ、これからオペになるんだからね?どうしてくれるのよ?!」
はあ〜、参ったな・・・とソイツはその場に座りこんでしまった。
「他の人は・・どうしたんですか?」
「みんなで運び込んだんでしょ?救急に・・」
「うん、他のヤツ等は今、学生課で事情聞かれてる・・・警察に」
「え?・・って事は」
「そう、傷害事件扱いになったんだ」
当たり前よ、他人を・・訳はどうあれ、ここまで痛めつけたんだから・・とリエ坊が吐き捨てる様に言った。
「オレは一番最初に事情を聞かれてさ、取り敢えず被害者の様子を見て来いって言われて・・」
「本当に済まん、こんな大事になるなんて」気付けばソイツは、泣いていた。
「何で泣くんです?タカダさんへの涙ですか?それとも・・・警察沙汰になっちゃったからですか?」
「申し訳無くってさ、お前らに」
僻んでたんだよ、オレ・・・とソイツは呟いた。
「じゃ、タカダさんには申し訳ないって、思ってるんですね?!」
「うん、思ってる・・本当に申し訳ない事しちゃった・・」
「・・シンには?」リエ坊が言った。
「ここにも被害者がいるんですけど?!」
ソイツはボクを見て、言った。
「済まなかった、オレがあんなこと言わなきゃ・・・スネア蹴ったのも謝る、済まん」
「オレは・・いいですよ、もう」
「でも、タカダさんにもしも後遺症が残ったら・・許さないかもしれないです、アンタの事」
うん、分かってるよ、本当に済まなかった・・とソイツは立ち上がって、部屋を出て行った。
行きがてら「オペ、うまくいく事を祈ってるから」と言い残して。
警察沙汰か・・・とボクはベッドの横のベンチにリエ坊を座らせた。
「私が、悪かったのかな」
「え?なんで?」
「あんな挑発に乗っちゃったから、私」
「違うよ、リエの反応は当たりまえだよ」
「はぁ・・暫く活動休止だね、私達もアイツ等も」
「うん、仕方ないね、今はオペがうまくいく事だけ考えようよ」
ボクはそう言いながら、もの言わず横たわっているタカダの横で、リエ坊の肩を抱いた。
「大丈夫、うまくいくから、きっとね」
「うん、そうなって欲しい・・」抱いたリエ坊の肩が、小刻みに震えていた。
その時、カラ・・と静かにドアが開いて、青白い女性の顔が覗いた。
「キヨちゃん!」
「梨恵子さん、済みません・・」
謝る事ないわよ・・と、リエ坊はその女性の手を引いてタカダのベッドまで連れてきた。
「寝てるのよ」
「一体、どうしたんですか?」
キヨちゃんと呼ばれた女性は、バックを抱きかかえる様にしてタカダのベッドの横に立ちすくんだ。
「他のバンドと揉めちゃってね、転ばされた拍子に顎の骨折っちゃったんですって」
「・・揉めた」
キヨさんは暫くタカダを見つめていたが、バッグをベッドの足元に置くと枕元にまわって包帯だらけの顔を覗きこんで声をかけた。
「ヨっちゃん、痛い?大丈夫・・?」
「もう、ケンカ弱いくせに!向こうっ気だけは強いんだから」
「う〜ん、何だよ」
「耳元でうるせぇな・・」
包帯と骨折しているせいなんだろう、くぐもってはいたが今日初めて聞くタカダの声だった。リエ坊とボクはお互いにビックリして見つめ合った。
「目が覚めたの?痛い?」
「・・いて〜よ、顔中・・・」
「そこにいるのは・・リエ坊とシンだろ?」
「はい、そうです!大丈夫ですか?喋っちゃって・・」
「ああ、でかい声が出せねぇけどな、この位なら」
「・・アンタ、いつから起きてたのよ!」
「へへ、キャバーンのアイツ、泣いてたな」
「なんだ、ボクらの遣り取り聞いてたんですか?人が悪いんだから、もう!」
ホっとしたんだろう、ボクは笑いながら涙が出た。
見れば隣のリエ坊も同じだった・・・。
「いや〜、参ったよ・・」
「転んじまう!って思った時な、あ、ストラト!って思ってよ」
「両手で抱えたら顔から突っ込んじまった・・・」
「バカ、ギターなんて庇うから」キヨさんがタカダの頭を撫でながら言った。
「酒井さんのだったから?」
「まぁな・・」
「ごめんね、私のせいなの」リエ坊が言った。
挑発に乗ってしまって、部室で取っ組み合いになってしまったのだ・・とリエ坊はタカダに経緯を語った。
「へへ、そんな事だろうとは思ってたよ・・・いいじゃん、気にしてねぇよ」
「だってアンタは、そのトバッチリ喰った様なもんなんだよ?!」
「バカ、仲間が痛めつけられたら放っとく訳にはいかね〜だろ?!」
「ま、逆にやられちまったのはコッチだったけどな・・」
ススス・・と歯の隙間から空気が漏れる音が聞こえた。タカダの笑い声だった。
「連絡したからね?!」
「あ?何だって?」
「お家に、電話入れたの・・・」
「バカ、お前・・・余計な事すんじゃねぇよ!」
「仕方ないよ、こういう事はちゃんとご両親にお話しとかなきゃ」
「ふざけんな、キヨ!お前・・・」
「キヨちゃん、コイツの実家に連絡したの?」
「うん、知らせない訳にはいかないでしょ」
「で?」