ノブ ・・第3部
一瞬ではあったが、視界の隅にリエ坊の心配そうな顔が見えて、ボクは目を閉じたまま言った。
「リエ?」
「なに?痛いの?シン」
「ううん、オレはいいからさ、タカダさんのトコ・・行ってきてくれないか?」
「そうね、いいけどシン、1人で平気?」
「バカ言ってんじゃないよ、大学生だろ?お前ら。これ位の傷で・・」医者が呟いた。
そして続けた。
「8階の形成外科の病棟だ、心配だったら行ってこい」
「はい、じゃ先生、シンの事よろしくお願いします」
「だから、コイツの方はよろしくお願いされる程の傷じゃね〜って!」
もうすぐ終わるから、そしたらコイツも上に行かせるよ・・・と。
「じゃ、シン・・私先に行ってるね?!」
「うん、お願い」
リエ坊がドアを開けて出て行く気配がした。
「・・そんなに酷かったんですか?タカダさんは」
「多分、顎の骨折ってるな・・分かるか?下顎骨だ・・」
「あご?そんなにやられちゃったんですかね」
「いや、運ばれた時は何も話せない状態だったからな、何とも言えんよ」
「ちきしょ〜、アイツら・・」
「・・よし、じゃ6−0ナイロン出して」
「はい」
「コイツは上皮を縫合する糸だから、一週間したら抜糸するぞ!」
「はい、一週間ですね・・」
「あ、先生・・・」
「なんだ?」
「運ばれた・・って、誰が運んできたんですか?」
「多分、やったヤツ等だろうな、オロオロしてたから・・」
「じゃ、キャバーンだ」
そいつらも軽音なんですよ・・とボクは呟いた。
「全くどいつもこいつも!」
「ま、オレがいた昔から軽音楽やってた連中は、どっかネジが一本二本抜けてるのが多かったからな・・」
オレ達の頃はな・・と医者は続けた。
「軽音は留年生が多くてな、楽器なんて何にも出来ないのに留年して肩身が狭い思いしたヤツ等が、ここなら仲間が多いってんで・・」
「何するでもなく溜まり場になってたんだよ、部室がな」
「・・そうなんですか・・」
「ちなみにオレもその1人だ」
「え、先生もダブったんですか?」
「おう、自慢じゃないが二年、親不孝しちまったな」
「先生、何下らないこと自慢してるんですか!手が止まってますよ?!」
「わりい・・」
ベテランらしい看護婦の一言で、医者は苦笑いしながらボクの傷の縫合を始めた。
またちょっとだけチクチクしたが、縫合はさっきよりは早く終わった。
「じゃ、ゲンタシン軟膏くれ!」
「はい」
「取り敢えず軽くガーゼを当てて大き目の眼帯しとくから、明日また包交に来い」
「え、ホウコウって・・?」
「包帯交換の事だ、知っとけ、医学生なら・・それ位」
「・・はい」
そうか、包帯交換の事をホウコウって言うんだ・・字は包帯の包に交換の交だな、きっと。
「よし、起きろ!」
「はい・・」ボクは目を開けて起き上った。
「暫くは片目だから、気をつけろ?」
「・・はい」
看護婦が冷たいガーゼで目の下と頬、首を拭いてくれた。
「ひゃ、冷たいっすね!」
「アルコールだから・・・水じゃイソジンは落ちにくいのよ」
「そうなんだ」
独眼竜正宗よろしく大き目の眼帯をしたボクは、先輩の医者と看護婦にお礼を言った。
「他に痛むとこは?」
「あ、さっき笑ったら・・ココが痛かったんすけど」ボクは右のお乳の下を押さえた。
「・・肋骨だな、深呼吸出来るか?」
「はい」
ボクは何度か深呼吸したが、痛みはそれほどではなかった。
「じゃ、ヒビ位だな・・・大丈夫だよ、放っといて」
「折れて肺に刺さってたら、痛くて深呼吸なんか出来ないからな」
「そうなんだ」
ボクは右胸を触りながら、何度かまた、深呼吸した。
「うん、大丈夫そうです」
「よし、いいだろ。お前も心配だろうから行ってこい!8階だぞ?間違えるなよ?」
「はい、有難うございます・・あ、お会計は?」
「ばか、学生が気にするな、そんなもん」
「でも・・」
「じゃ、抜糸が終わったら飲みに行くから付き合え!それでチャラだ。」
「大変ね〜、先生に付きあったら間違いなく午前様よ?!」
ホホホ・・と笑いながら看護婦は後片付けをしだした。
「色々と有難うございました、じゃ、また明日来ます」
「おう、来たら外来の受付でオレを呼べ。」
「はい、先生のお名前は?」
「形成外科の原田だ、お前は・・小川だな?」
「はい、小川です」
ボクはもう一度お礼を行って、外来の外に出た。
救急外来から病院のロビーに行き、病棟のエレベーターで8階に行った。
エレベーターが開くと目の前がナースステーションだった。
ボクはタカダの病室を聞いた。
「右に行ってすぐのリカバリールームです」
「すみません・・」
ナースステーションの前の廊下を行くと、すぐにリカバリールームと書かれた部屋があった。
恐る恐る・・ボクはスライド式のドアを開けた。
するとカーテンで仕切られたベッドが3台並んでいて、一番奥にリエ坊が見えた。
手前のベッドはいずれも空だった。
「あ、シン・・」
「うん、タカダさんは?」
「うん、寝てる・・・」
ベッドの上には、顔じゅう包帯でぐるぐる巻きのタカダらしき人物が寝ていた。
「何か話せた?」
「ううん、ずっと寝てる・・・寝かせてあるみたい、痛みが酷いから・・」
「そうなんだ・・・」
「オペになるんだって」
「オペ?!」
「レントゲンでね、下顎骨が骨折してるのが分かったから、固定する手術が必要なんだって・・」
「大変だ、そりゃ・・・」
「さっき、キヨちゃんには連絡出来たからさ、もうすぐ来ると思うけど」
「・・キヨちゃん?」
「同棲してる彼女よ、キヨちゃん」
どうやら手術するには家族の同意書が必要らしい、未成年なら親・・成人なら配偶者ってとこか。
でもタカダは勘当になっていたから、この場合の同意書には同居人であるキヨちゃんのサインが必要なのだ・・とリエ坊は言った。
「いいのかな、親には知らせなくて・・」
「うん、私も思ったんだけど・・知らないのよ、コイツの実家の番号」
「そうか、仕方ないか・・でも、知らせた方がいいよね、こんな場合は」
その時、ドアが静かに開いた。
そして顔を覗かせたのは、見間違い様が無い・・ボクがぶん殴ったキャバーンのボーカルだった。
「大丈夫?タカダは・・・」
リエ坊がつかつかとソイツの前に行き、襟首を掴んでこっちに連れてきて言った。
「見なさいよ、こんなにしちゃって・・どうする積もりよ、アンタ!」
ソイツはベッドの上のタカダを見て、申し訳なさそうに小さく言った。
「済まん、こんな事になるなんて・・・」
「すまん?すまんで済めば警察はいらないわよね?!」
いいから、リエさん・・・とボクはリエ坊とソイツを引き離した。
「あ、お前も・・・目、切ったのか?」
「はい、パックリと」
「すまん、つい・・・」
「謝るのは後でいいですから、説明してもらえますか?タカダさん、なんでこんなに酷い目に合わせたのか・・」
「いや・・・」
キャバーンのボーカルは、タカダを見ながら話し出した。
「お前らと揉めてな、苛々してたんだよ、オレ達も・・」
「で、講堂を出た時にタカダとばったり出くわしてさ・・・」



