ノブ ・・第3部
「リエ、イってもいい?」
「うん、いい・・あ〜!」
リエ坊は歯を食いしばって、下を向いた。
ボクは、こみ上げて来た最後の波と共にオチンチンを引き抜いた。
ドピュ・・!とボクは射精した。
丁度リエ坊の下したショーツとジーンズの上を飛んで、精液は壁に着いた。
「ふ〜・・」ボクは汗だくのまま、リエ坊に体重をあずけて息を切らした。
リエ坊は壁に両手を着いたまま・・・やはりぜいぜいと荒い呼吸をしていた。
「シン・・」
「なに?」
「・・私のせいかな」
「うん、そうだよ」
「でも、オレ・・嬉しかった」
「ほんと?」
「うん、練習の前に甘えたかったんでしょ?リエは」
「うん、キスだけで良かったのに・・」
ボクはリエ坊から体を離して、短パンを上げた。
リエ坊も、ノロノロと身繕いしてボクを見て言った。
「でも・・・キスだけより、良かった!」
そう言って抱きついてきたリエ坊もボクも、汗びっしょりだった。
ボクらは最後に長いキスをして、そ〜っと鍵を回してドアを少し、開けた。
ビートルズの音は大きく聞こえたが、覗いた廊下には誰もいなかったからボクらは部屋の外に出た。
「・・涼しいね、廊下」
「うん、汗が引いていい気持ち」
リエ坊はボクを見て微笑んだ。
「シンが・・・」
「え?」
「シンがエッチで良かった!」
そう言うとリエ坊は「コーラ、買って来るから待っててね?!」と頬にキスして走って行った。
ボクは走り去るリエ坊の後ろ姿を見送りながら、廊下に座り込んだ。
そして顔の汗をタオルで拭って、腰の辺りに漂う余韻に・・・壁に背中を預けて目を閉じた。
「リエって呼んで・・か」
程なく、リエ坊がコーラを2本持って戻ってきた。
「はい!」
「・・有難う」
リエ坊はボクの隣に腰を下ろし、ボクらはよく冷えた瓶のコーラをラッパ飲みした。
「ふ〜、暑かったね・・あの部屋」
「そりゃね・・それに、ただでさえ暑いのに中で運動しちゃったしね!」
ふふふ・・とリエ坊は笑いながら髪を掻き上げた。
遅いね、アイツ・・と言いながら。
キャバーンの演奏が終わり、部室のドアが開いた。
「お、もう来てたんだ・・」
「ええ、待ってました、皆さんが終わるのを」
「なんだ、タカダは来てね〜の?」
「じきに来ますよ、さ、シン・・」
「うん・・」
ボクらは立ち上がって、荷物を持って部室に入った。
キャバーンのメンバーの1人が、出て行きがてらリエ坊に言った。
「お前さ、ちょっと腕がいいからってデカイ態度取ってるとよ、そのうち・・」
「そのうち・・?なんですか?」
リエ坊が髪を後ろで束ねながら振り返って言った。
「いや、せいぜい頑張れよ・・そのカチっとしたロックとやらを楽しみにしてるぜ!」
「・・・弱い犬ほど・・・」リエ坊はそう呟いてベースをスタンドに立て懸けた。
「なんだと?」
「今、なんつったんだ?」
キャバーンのメンバーでコイツは確か、ボーカルだったはずだ。
ソイツがリエ坊につかつかと寄ってきて、真正面に立ちはだかった。
「もう一遍、言ってみろよ!」
「スピッツって、知ってます?」
「・・なに?」
「真っ白で弱っちいくせにやたらと吠えまくって、人気の無い犬ですよ・・」
「知らないんですか?そんな事も」リエ坊は片頬に薄笑いを浮かべたまま、相手の目を見据えて言った。
「てめえ・・」
ソイツがリエ坊の胸ぐらを掴むのと同時に、ボクは2人の間に割って入った。
「まま、落ち着いて・・ね?!」
「先輩もリエさんも・・・」
ボクは必死だった。
何とかリエ坊の胸ぐらを掴んだソイツの腕を離し、胸を押す感じで部室の外に出て貰おうとした。
「ふざけんなよ、なめんじゃね〜ぞ?てめえ!」
「邪魔だ、お前!」
ソイツはボクを突き飛ばし、尚もリエ坊に向かって行った。
「誰がスピッツだってんだよ、あ〜?!」
「ヤバイ・・!」ボクはソイツを後からタックルする形で抱き留め、体を後に捻った。
するといとも容易くソイツはゴロンと床に転がってしまい、その拍子に譜面台がいくつかなぎ倒されて派手な音がした。
「・・何だよ、何やってんだ?」
部室を出て行ったキャバーンのメンバーの1人が、その音を聞き付けて戻って来た。
「あ〜?何転がってんだ?」
「コ・コイツにやられたんだよ・・・コイツら、なめやがって!」
「いいから落ち着けよ、何だってんだ?一体・・」
転がったボーカルは、後頭部を摩りながらリエ坊に向かって言った。
「人の事、弱い犬とかぬかしやがってよ!」
「ふざけんじゃないわよ!先にケンカ売って来たのはソッチでしょ?」
「全く・・弱い犬程良く吠えるってほんとね!」
リエ坊はもう、笑っていなかった。
「分かったわかった、いいよ、もう・・」
「お前が先にいちゃもん付けたんじゃ、しょうがね〜じゃん。行くぞ?ほら・・」
仲間がソイツを立たせて部屋の外に連れ出そうとしたその時・・腹の虫が治まらなかったのか、ソイツは床に転がっていたボクのスネアケースを思いっきり蹴りあげた。
飛んで部室の壁に当たったスネアを見た瞬間、ボクはソイツに殴りかかった。
ふざけんな!お前なんかに・・お前なんかに蹴られてたまるもんか!オレのスネア!
たちまち取っ組み合いになり、ボクはソイツに馬乗りになって顔と言わず腕と言わずブン殴った。
すると後から引っぺがされて、今度はボクが袋叩きになった。
騒ぎを聞き付けて駆けつけたキャバーンの3人に散々蹴られてぶん殴られて、ボクは亀になるしか出来なかった。
「・・ギャ!」
「おい。止めろ!止めろってば、危ね〜だろ!」
ボクを抑えつけてた手足が一気に無くなって起き上ったボクは、信じられない光景を見た。
リエ坊が重いベースのネックを持って振り回して、キャバーンのヤツらを撃退してくれたのだ。
「いい加減にしなさいよ、え〜?!うちのドラムスに何かあったら・・」
ベースを持ち上げたまま、リエ坊はドスの効いた声でキャバーンのヤツらを一喝した。
「・・アンタら全員、ブッ殺してやるからね!」
その一声でみんな我に返ったのか、ボクに一瞥して部室を出て行った。
「大丈夫?シン!」リエ坊はベースを置いて、ボクに駆け寄ってくれた。
「はは、やられちゃったな・・カッコ悪いや」
「バカ!笑ってる場合じゃないでしょ!」
「怪我は?腕とか足は・・大丈夫?」
「うん、大丈夫みたい・・・」ボクはグッパーしたり足を動かしたりして、取り敢えず骨折なんかはしてないよ・・と呟いた。
「目は?見える?」
「うん、見える・・けど、左が赤いね、切れてる?」
「うん、酷いよ・・ぱっくり切れてる!」
リエ坊はそう言いながら、自分のバッグからハンカチを出してボクの左瞼の傷に当ててくれた。
「もう、1人で向かって行くんだから・・バカよ、シンは・・・」リエ坊はしゃくり上げながらボクの頭を抱いた。
「だってアイツら、リエに乱暴しようとしたし、オレのスネア蹴ったから・・・あ!」
スネアは?無事・・?とボクはスネアをケースから出した。
「良かった、ヘッドは破れてないや・・」ホっとしたボクはまた、床にへたり込んでしまった。