ノブ ・・第3部
まるで、リエ坊の家族を騙してるみたいな。
「リエさん、オレさ」
「なに?」
「うん・・何か、みんなに悪くないのかな・・」
「みんなって・・うちの家族?」
「うん、マサル君もお母さんも、オレを彼氏・・って信じちゃったでしょ?」
「あ、その事か・・そうね、そう言われれば」
でもリエ坊は、至って冷静だった。
「大丈夫よ、私がシンを好きだって事は本当なんだから」
「多少、お互いの気持ちに凸凹があってもいいじゃん?」
「いいの?リエさんはそれで・・・」
「うん、言ったじゃない?」
ちょっとでいいって・・・とリエ坊はボクを見つめて、また微笑んだ。
その微笑みが少し無理っぽく見えたのは、ボクの気のせい・・・なのか?
「今夜だってね・・」
「私さ、自分で驚いてるのよ、自分のしてる事に」
「そうなの?」
「うん、私って実はこんな女だったんだ・・みたいな」
「ちょっと新鮮な驚きなの、自分がね」
「リエさん」
「ね、シン・・」リエ坊は真面目な顔でボクを見た。
「聞きたい事があるんだけど、いいかな・・」
「うん、なに?」
「彼女って・・今、どこにいるの?」
「実家に帰省してるよ、九州の福岡」
「いつ、戻るの?」
「分かんない、オレも」
リエさんは椅子に座って、髪をタオルでグルグル巻きにした。
「・・もう1つ、聞いてもいい?」
「うん」
「彼女と連絡って、どうしてるの?」
「手紙」
「手紙〜?!」リエ坊は真面目に、大袈裟に驚いた。
「今時・・手紙なの?」
「うん、言いにくいんだけどね、先月オレ達、親に黙って京都に旅行に行ってさ・・」
「その旅先に、彼女の親から電話がかかってきたんだ」
「え、バレちゃった・・ってコト?」
「ううん、旅行は女友達と・・って事になってたんだけどね、黙って行っちゃったから怒られたみたい」
恭子の成績不良の事は、黙ってた。言わなくてもいい事だし・・・。
「そうなんだ・・それで彼女は今は?」
「実家で軟禁、籠の鳥状態・・・」
軟禁は・・ちょっと大袈裟だったかな?
だから、向こうの都合のいい時にかかってくる電話と、手紙のやり取りなのだ・・とボクは説明した。
「そうなんだ、大変だね」
「ま、仕方ないよね、黙って行ったオレ達が悪いんだからさ」
リエ坊は・・暫く静かにタオルを弄っていた。
「・・ドライヤー、貸して?!」
「うん」
リエ坊は立ち上がって、脱衣所にドライヤーをかけに行った。
何故なんだろう・・・恭子の事をリエ坊に話した後、ボクは言いようの無い胸のつかえを感じていた。
あの、小石とも少し違う。
リエ坊の使うドライヤーの音は、昨夜よりも随分と長かった。
ボクはその音を聞きながら寝室に行き、机の引きだしを開けて銀のオルゴールを取りだした。
ネジを巻いて蓋を開けると、赤い糸の伝説が流れ出した。
何度か繰り返し流れて、段々とテンポが遅くなっていき・・曲は途中で終わった。
「・・それ、何?」
リエ坊に声をかけられてボクは、ビクっと後を振り向いた。
「これ?」
「うん、オルゴールでしょ?」
何の曲?と無邪気に聞いてきたリエ坊に、ボクは・・なかなか答えられなかった。
「どうしたの?シン・・」
「うん」
「何か、ワケありみたいね」
「聞きたい?」
ボクの顔が平素とは違っていたんだろう、リエ坊は真面目な顔になった。
「ひょっとして、思い出の品なの?」
ボクはオルゴールの蓋を閉めて、リエ坊に渡した。
「わ、重いんだね結構・・銀?」
「そう、銀製・・」
受け取ったリエ坊は、しげしげとオルゴールを眺めた。
「前に話したでしょ、受験の最中に彼女が死んじゃったって」
「うん・・」
「その彼女がオレに渡す積もりだったんだ、合格祝いに」
「・・・・」
「でね、ソイツが出来あがったって知らせを受けて、工房に取りに行った帰りだったんだよ、事故・・」
「・・シン」
「だから、ソイツは彼女から直接渡されたんじゃなくてさ、彼女のお母さんから手渡されたんだ」
ボクは、リエ坊からオルゴールを受け取りネジを巻いて蓋を開けた。
ボクの掌から流れ出した赤い糸の伝説を、リエ坊は神妙な顔で聞きていた。
「この曲、知ってる?」
「ううん、知らない。でも、何か悲しい曲だね・・」
「NSPの赤い糸の伝説・・・オレが好きだったから彼女が叔父さんに言って作って貰ったんだよ・・」
「NSPって、日本のバンド?」
「うん、そう。東北のね」
オルゴールが、止んだ。
「見てもいい?」
「うん・・」中に入っていた恵子のメッセージを、リエ坊は読んだ。
そして、顔を上げたリエ坊の目から一筋の涙が転げ落ちた。
「シン・・」
リエ坊はボクを強く抱きしめた。
ゴメン・・と言いながら。
「リエさんさ、言ったじゃん?」ボクはオルゴールを閉じて、引き出しに仕舞った。
「オレの事、よく知らない・・って」
「うん」
「・・その方がいいと思うよ、オレ」
「どういう事?」
ボクは寝台に腰掛けて、リエ坊を見た。
「オレってね、きっと・・ダメなヤツなんだと思う」
「彼女が死んで、半年もしないうちに新しい彼女が出来てさ・・」
「だって仕方ないじゃん!そんなの・・」
ちょっと聞いて?!とボクはリエ坊を制した。
「初めは、1人で平気だったの、いや・・平気な積もりだった・・のかな?」
「でもね、そんなオレを好きって言ってくれた同級生が現れてね」
「オレ、その子に言ったんだ・・死んだ彼女の事、まだ忘れてないかもしれないけどいいの?って」
うん・・リエ坊は頷いた。
「それでもいいって言われてさ・・好きって言われて、そんな気持ちがジンワリ滲みてね」
「その同級生と付き合いだしたんだ」
「うん、聞いた」
リエ坊が硬い顔でボクの隣に腰掛けた。
「オレさ、今夜は家族でいなよ・・とか偉そうにリエさんに言いながらさ・・」
「リエさんから電話貰って、断れなかったんだ」
「ううん、ハッキリ言うと嬉しかったんだよ・・」
「シン・・」
「だからね、今・・訳分かんなくなってるんだ、正直言うとね」
それって、私との事・・?とリエ坊が言った。
「うん、好きになっちゃいそうなの、リエさんの事が」
「・・・・」
「オレ、こんな調子でリエさんと会ってたら、もっともっと好きになっちゃうよ、きっと」
「そしたら・・・」
「シン、聞いて?!」
ボクの言葉を遮って、リエ坊がボクを見て言った。
「私ね・・」
「自分の我が儘でシンを困らせる様なコトだけはしたくないの、これは本当よ?!」
「・・うん」
「でもね、さっき彼女との話、旅行の話聞いたでしょ?」
「うん」
「泣きたくなっちゃった・・・聞くんじゃなかったって思ったよ、ドライヤーかけながら」
「リエさん・・」
「焼き餅っていうんだろうね、こういうの」
「あ、今私・・嫉妬してるんだ、って思ったらさ、胸の中がジリジリしちゃってね」
バカだよね、シンにはちゃんと彼女がいるって知ってたのにさ・・・とリエ坊は下を向いて自嘲した。
「私・・来ない方が良かったのかな」
「もう、シンと二人っきりにならない方がいいのかな、どう思う?」