ノブ ・・第3部
リエさんもお母さんとやっと・・ね?!とボクは言って、リエ坊にキスをした・・見つからない様に。
ボクはダイニングに戻ってお母さんにお礼を言い、マサルにはエールを送って、プレハブ小屋の自分の荷物をまとめた。
もう一度、玄関からお礼を言おうと扉を開けると、お母さんとマサルが見送りに出て来てくれていた。
「・・ゆっくりしていらっしゃれば?」
「そうだよ、泊ってもいいんだからさ!」
「有難うございます、でもボクも家に帰らないと」ボクは心からニッコリとお礼を述べた。
「美味しかったです、ピザもカレーも・・あ、バローロも!」
また、いつでもいらしてね?うちは大歓迎ですから・・と、お母さんが言ってくれた。
「また・・音出しに来なよ、オレ、キーボでつきあうから」とマサルも嬉しい事を言ってくれた。
はい、有難うございます・・と頭を下げて、ボクは敷石を踏んで歩きだした。
「待って?送ってくわ!」リエ坊がついてきた。
「いいよ、みんなでゆっくり飲んでなよ、せっかくなんだからさ」
「うん、駅まで行くわ、道・・分からないでしょ?!」
それも、そうか・・・ボクはリエ坊に駅まで送って貰う事にした。
門を出て、すっかり暗くなった道をボクらは浜田山の駅に向かった。
夜道には、蝉の合唱が響いていた。
「シン・・」
「なに?」
「何か、気分害しちゃったんじゃないよね?」
「ううん、違うって。今夜は家族水入らずがいいかな〜?って思ったからさ」
「ほんと?」
「うん、本当」
「じゃ、嫌いになったんじゃないよね?」
「え?!」
私の事・・と言いながらリエ坊が抱きついてきた。
「リエさん・・」
「お願い、言って?」
「何を?」
「・・好きって」
梨恵子が好きだと言って欲しい・・と、リエ坊がキスしてきた。
ボクの顔を抑えつけてがむしゃらなキスだったが、リエ坊の気持ちがストレートに伝わってきた。
「ゴメン・・」キスの後、リエ坊はボクの答えを待たずに言った。
「言える訳ないよね、脅迫だわ、こりゃ!」
無理やりに笑おうとしたリエ坊に、僕は正直に言った。
「好き、彼女以外の人に言っちゃいけないのかもしれないけど・・」
「オレ、リエさんの事好きだよ」
「でも・・」
「ううん、もういい!」
「それだけで充分よ、シン・・」
「あとは、聞きたくないから、言わないで・・ね?!」
「リエさん・・」
「もう、ここまでくれば分かるわね」
リエ坊は真直ぐの道を指差して「あと5分で駅だからさ!」と言った。
「明日も2時6時だからね?練習」
「遅れちゃダメよ!」
後ずさりしながらそれだけ言うと、リエ坊はボクに背を向けて走って行った。
途中で振り返ったリエ坊は、大きな声で叫んだ。
「・・遅れたら、迎えに行っちゃうからね〜?!」
「うん、遅刻しない様に頑張るよー!」ボクは手を振った。
リエ坊も手を振ってくれて、そして走って帰って行った。
浜田山駅までの道々、ボクは複雑な気持ちで一杯だった。
人通りの少ない道には等間隔に街路灯が光り、振り返ったボクにはもう、リエ坊の家は見えなかった。
「あ、いけね!文無しだったんだ、オレ・・」
ほろ酔いで駅までの道をブラブラと歩いていたボクは、財布がスッカラカンである事を思い出してしまった。
仕方ないな、今更リエ坊の家までお金を借りに戻る訳にもいかないし・・・。
諦めてボクは駅に向かい、駅の近くの交番で御茶ノ水までの電車賃を借りた。
「うん?君・・酔ってるの?」
「はあ、ちょっと飲んじゃったんで」
「まさか、未成年じゃないよね?」
はい、違います・・とボクは学生証を見せた。
「ほ〜、お医者さんの学校か」年配のお巡りさんは、気持ち良く電車賃を貸してくれたが、一言・・言った。
「大学生だからいいんだけどね、この国の法律では20歳にならないと飲酒はいけないんだよ・・」
「あ、そう言えば・・そうですよね」
「ま、曖昧なグレーゾーンって事かな、君の場合は」
それでも後は、笑いながら頑張りなさいよ?!と肩を叩いてくれた。
ボクもハイ、と答えながら近日中の返金を約束して、井の頭線に乗った。
「ふ〜、意外な展開か」
正直、いたたまれなくなった・・という方が正しいだろう。
姉の彼氏だからこそ、マサルもあんな相談を持ちかけたんだろうし、お母さんに至っては・・・。
ボクをリエ坊の彼氏と信じてしまった家族の前で、ボクは彼氏を演じる事に抵抗を感じてしまったのだ。
でも、リエ坊とお母さんが和解出来た事は、やっぱり嬉しかった。
「そうだよな、たまには家族水入らずがいいもんな・・」
渋谷で山手線に乗り換えて新宿に出て、オレンジの中央線に乗り換え・・やっと御茶ノ水に着いた。
道々ず〜っと考えていたのは、リエ坊との今後だった。
このまま続くのか?それとも、本当に・・教えただけで終わるのか?
「オレ、どっちを期待してるんだ?」ボクは自問しながら分からなくなっていた。
アパートは、やはり暑かった。
熱気を逃がしてる間に・・シャワーを浴びた。
「ふ〜」バスタオルを腰に巻いて椅子に座り、ボクは冷蔵庫に入れてあった今朝の残りのアイスコーヒーを飲んだ。
「夜明けのコーヒー・・か」
リエ坊の台詞に思い出し笑いしながら。
一服していると、ジリリ〜ンと電話が鳴った。
誰だ・・?
「はい、もしもし?」
「シン?リエコだけど・・・」
「あ、リエさん、ご馳走様でした!今ね、シャワー上がって涼んでたとこだよ」
「そうなんだ・・」
「今日は有難う、シン」
「ほんとに感謝してるの、私」
「いいよ、そんな大袈裟な・・」
「ううん、大袈裟なんかじゃないよ、ずっと気になってたんだもん、お母さんとの事」
「それが、解決したんだから感謝してる、本当に!」
「そっか、そんなら良かった・・オレなんかでも役に立てて」
「うん、シンのお陰だよ、みんな」
「勝がね?聞いてくるのよ・・どこで知り合ったの?とか、シンさんって感じいいよね・・とかさ」
「あはは、リエさん、何て答えたの?」
「うん、いい人でしょ〜?って!」
「でもさ・・・」
「なに?」
「私、まだまだ知らないんだよね、シンの事・・」
「知らない事ばっかりなんだよ・・・途中さ、勝に聞かれてしどろもどろになっちゃった」
「なんだ姉ちゃん、恋人なんだろ?しっかりしろよとか言われちゃってさ」
「そうか、無理も無いよね」
「オレもリエさんの事、知らない事ばっかだもんね・・良かった」
「え、何が良かったの?」
「だって、あれ以上オレがお邪魔してたらさ、きっとボロ出してたよ、オレ達」
「そうか、そうかもね・・」
リエ坊は、電話の向こうで静かになった。
「ねぇ、シン・・」
「なに?」
「・・これから行っちゃダメ?」
「え?これから?!」
「うん、ダメ?都合悪い?」
「リエさん・・これからって、遅いよ?もう」
「大丈夫よ、電車はあるから」
「シン?」
「んん?」
「我が儘かな、私」
ボクは迷っていた。リエ坊が来たら、ボクもリエ坊もまた・・。
「リエさん、オレさ・・」
「うん」
「いいや、何でもない」
「お母さんは平気なの?」



