ノブ ・・第3部
「やっぱり、辛くて困ってたんじゃない!もう、無理しちゃって・・」
「あは、うん・・辛かった、ほんとは」ボクもラッシーでひと心地ついたお陰で、笑う事が出来た。
「ごめんなさいね、先に聞いておけば良かったわね・・」
「いえ、いいんです・・大丈夫、美味しいです!」
「シンさん、いいよ?残してもさ」
「オレ、外でカレーって食べないもんな、うちのに慣れちゃうとね・・」
「・・全然、辛さが足んないんだよな、外のカレーって」
そうだろうとも・・普段からこんな辛いのを食べてたら、どこの店のカレーもお子ちゃまカレーに感じてしまうだろう。
でも、お母さんのカレーは辛かったが次第に美味しくなってきたのも事実だった。
ラッシーのお陰かもしれない。
鳥も良く煮込まれてて、スプーンで押すとホロホロと肉が骨から離れて食べ易くなっていた。
「・・合うんだね、カレーとラッシー」
「そうでしょ?インドではラッシーとかチャイっていうお茶と一緒に食べるんだってね、カレーって」
「そうなんだ・・」まだまだ世の中広いんだな・・当たり前だけど。
何だかんだ言いながら、ボクは大盛りカレーを平らげてしまった。
でも、頭から水を被った様な姿だったけど・・。
「オガワさん、お代わりは、いかが?」
「はい、頂きます」
「いいの?シン、無理しなくていいのよ?!」
ううん・・ボクはニコニコして言った。
「ほんと、美味しくなってきちゃった・・」
「ラッシーのお陰もあるんですけど・・でも美味しいです、お母さんのカレー!」
やっと、辛さの向こう側の美味しさが分かってきたみたいで、ボクは嬉しかった。
2杯目に取りかかりながらボクは、さりげなくお母さんとリエ坊の様子に気を配った。
リエ坊はカレーとサラダを交互に食べながら、終始・・静かだった。
お母さんはと言えば、一口食べてはニコニコとボクとリエ坊を見やった。
「・・ご馳走さん!」マサルが自分の食器を持ってキッチンに行き、暫くしてまた、ビールの瓶を提げてテーブルに着いた。
グラスをボクの前に置いて、マサルはビールを自分のグラスに手酌して言った。
「シンさんも、一杯位いいんじゃない?」
「あら、また飲むの?」
「うん、これ一本で止めるよ・・勉強もあるし」
「アンタ、ビール飲んでから勉強なんて出来る訳ないじゃない!」リエ坊が言うと、すかさずマサルは「いいんだよ、適度なアルコールは神経を解してくれるんだから・・」と、最もらしい言い訳をして、グイ〜っとグラスを空けた。
「はぁ、調子に乗っちゃってさ・・」
リエ坊は呆れながら、それでも顔は笑っていた。
「シンも飲みたいんじゃない?」
「ううん、ラッシーがまだあるから、いいよ」
「じゃ、飲んじゃおうかな・・」とリエ坊はキッチンからグラスを2つ取って来て、1つをお母さんの前に出した。
「飲もうよ、お母さん」
「そうね、久しぶりだから・・頂こうかしら」
「注ぎなさい、ほら!」
「なんだ、姉ちゃんも飲むんじゃんか、しようがね〜な」
マサルはブツブツ云いながらも、2つのグラスにビールを注いだ。
「サンキュ!」
「アナタ達とおビールなんて、いつ振りかしらね」
グラスを持って小首を傾げながら微笑むお母さんの顔は、幸せそうに見えた。
「お母さん、ごめんね?今まで」
2つのグラスが、カチンと音をたてた。
「あら、どうしたの?梨恵子・・・」
「うん、私・・ちょっと情緒不安定だったからお母さんに嫌な思いさせちゃったかなって」
リエ坊は、これが言いたくてグラスを2つ持って来たんだろう・・。
「・・・・」
お母さんはリエ坊を見つめながら、暫くグラスを持ったままだった。
そして、不意にお母さんの目からポロっとひと筋の涙が零れ落ちた。
「あら、やだわ・・」
慌てて笑って、お母さんはビールを飲んだ。
リエ坊もそんなお母さんを見て、ビールを一口飲んだ。
「オガワさんのお陰かしら?」
「は・・?」
「梨恵子がこんな事言うなんて初めてだから、お母さん、慌てちゃうわ!」
「いえ、ボクは何にも・・」
そうかも、シンのお陰かもしれないの・・と、リエ坊が言った。
「お母さん、私ね・・シンと知り合ってから変わったのかもしれない、色々な面で」
「そうなの?梨恵子・・」
「うん、少しだけ素直になれたかもしれない」
有難うございます、オガワさん・・とお母さんに頭を下げられて、ボクは恐縮してしまった。
「いえ、ほんと・・ボクなんて何にも」
「なんだ、みんな・・どうしたの?何で泣いてるんだ?母さん」
「何でもないの、お母さん嬉しいの・・」
こんな風に大勢でご飯食べるなんて久しぶりでしょ・・とお母さんはマサルに言った。
「そうか、じゃ・・オレも大学受かって彼女でも連れて来たら、もっと人数増えるんだな」
そしたらもっと賑やかになるな、あはは・・と笑ってマサルはビールを飲み干して言った。
「シンさんはさ、何で医学部入ったの?」ふいにマサルが真面目な顔で聞いてきた。
「え?何でって、目的?」
「うん」
「う〜ん、本当はね、ずっと文系志望だったんだよ」
「そうなの?シン・・」リエ坊がちょっと驚いた様子で、ボクを見た。
「うん、去年の夏まではね」
「そうだったんだ」
「で、それがどうして医学部になったの?」
うん、色々あって理転したんだ・・・とボクは言葉を濁した。
まさか、お母さんとマサルに恵子の事を話す訳にはいかなかったから。
それでも「何で?」と聞いてくるマサルには大分はしょって経緯を話した。
でも、兄貴の大学に見学に行った事は話した。そこで大きな影響を受けたのかも・・と。
「・・そうか、シンさんも悩んだんだ」
「そうだね、自分のやりたい事と親の希望とにギャップがあったから」
「でもさ、勉強、大変だったんじゃん?」
「うん、結構大変だったけど、何とか・・ね」
すげーな、高3の夏に理転か、信じらんね・・とマサルが天井のシャンデリアを見ながら嘆息した。
「勉強してんの?アンタ」
「オレ?やってるよ、やってるけど、何かね」
「結局どうすんのよ、来年」
リエ坊が、真面目なお姉さんの顔で聞いた。
「母さんさ、オレも医学部行きたいって言ったらどうする?」
「あら、突然ね、どうしたの?いきなり・・」
マサルは真面目な顔で切り出した。
「オレさ、父さんみたいな仕事もいいな、カッコいいなって漠然と考えてたんだけどね・・」
「でも・・1日が終わったら、ちゃんと家に帰れる仕事がいいかな〜って」
マサルの話に、リエ坊とお母さんの顔が少し強張った様に見えた。
「そりゃ、世界中飛び回ってビジネスっての?カッコいいんだけど・・」
「家族が寂しい思いをしちゃう仕事って、何かね」
うまく言えないけど、父さんだけで充分かなって思うんだ・・とマサルはグラスを置いた。
「こんな風にさ、時々は夕食・・家族揃って食べたいじゃん?」
「オレも楽しいもん、今日は」
そのマサルのひと言には、押し隠していたであろう寂しさが滲んでいる様に思えてボクは黙って聞いていた。
お母さんは、そんなマサルを優しい目で見やって言った。
「いいわよ、勝の好きになさい?」



