ノブ ・・第3部
「そう、思ってる事、ちゃんと言えたし」
「あ、我儘言っちゃったって、分かってるよ?シン」
「ごめんね?!でもさ、そのお陰で・・・」
私もセックスに対しての変な考えが・・・とリエ坊が話してる時に、ガチャっと小屋の重い扉が開いた。
「何だ、練習してないじゃん!」ちょっと赤い顔をしたマサルが、暑い空気と蝉時雨と一緒に入って来た。
「うわ、煙いな・・・」
「どうしたの、アンタ」
「いや、どうもしないけど、姉ちゃんが家で練習なんて久々だからさ・・」
どんなのやるのかな〜って思って・・とマサルはボクをチラっと見ながら、リエ坊の隣のアンプに腰掛けた。
「へぇ〜、そう?!」
嘘おっしゃい・・とリエ坊は笑いだした。
「ま、いいわ。じゃ、シン・・始めようか!」
「う、うん」
ボクは緊張してしまった。
いくら練習とは言え、バンドのメンバー外の人の前での演奏は初めてだったからね。
「あ、そうだ・・勝、キーボで音出してくれない?」
「え?何でさ」
「ギターいないからね、メロディー聞きながらやりたいじゃない!」
ほら、コードはこれだから適当に鳴らしてくれりゃいいわ・・とリエ坊はスコアを弟に渡して、キーボードのスイッチを入れた。
「なんだよ・・オレ、勉強中なのに・・」
ブツブツ言いながらだったが、赤い顔で勉強もないだろう・・とボクは笑いそうになった。
お陰で、少し緊張がほぐれたかな?
マサルはそれでもキーボの譜面台を立てて、スコアを広げた。
「これ、キッスじゃん・・これからでいいの?」
「うん、イントロはいいから、ボーカルのとこからでいいよ、音・・」
リエ坊がチューニングを始めて、ボクも自分のスネアをセットして、ハイハットとシンバルの高さを合わせた。
そして、タムタムとフロアタムも調節して「オッケーです!」とバスドラを2・3発踏んで音を確かめた。
リエ坊がマイクスタンドを伸ばしてくれて、ボーカルマイクを入れた。
「じゃ、シン、カウント・・」
ボクはコクっと頷いて、リエ坊とマサルを見た。
リエ坊とは目が合ったが、マサルはボクではなくスコアを見ていた。
カウントに続いてハイハットとスネアを一発づつ鳴らして、ボクは歌いだした。
マサルがコードで音を出してくれたお陰で、歌い易かった。
やっぱりギターがいない寂しさは否めなかったが、それでもメロディーラインが聞こえる事でボクはなんとか歌いながら叩き通す事が出来た。
キッスの後はイーグルス、その後はジミヘンの2曲・・・コードだけのキーボとベース、ドラムスの風変わりなトリオだったが、それなりに楽しくて2巡目位になると音もカチっとしてきた。
2巡目が終わって「ちょっと休もうか・・」とリエ坊がベースを置いた。
「うん」
「やるじゃん!あの、何だっけ?名前・・」
「あ、小川です・・バンドではシンって呼ばれてますけど」
「じゃ、オレより年上だから・・シンさんでいい?」
いいよ、勿論・・ボクはこの率直なもの言いに親しみを覚えていた。
「シンさん、姉ちゃんと同じ医学部の1年?」
「うん、そう・・軽音入ってからはまだ・・1週間経ってないんだけどね」
「え?そうなの?じゃ、前からやってたんだ・・ドラム」
「ううん、この間から始めたばっかだから、ごめんね?下手クソで」
マサルがボクの一言に驚いて、目を剥いた。
「え〜?!ウソだろ?信じらんないよ、初めて1週間だなんてさ!」
「ほんとよ・・シンはこの間初めて、ドラムに触ったんだから」
「そうなんだ、ビックリ」
マサルは、ボクをしげしげと見て言った。
「姉ちゃんの彼氏にしちゃ、随分若いんだなって思ってたんだけどさ」
「始めたばっかで・・・こんだけ叩けりゃ、姉ちゃんが惚れちゃうワケだよな!」
「ちょっとマサル、いい加減にしなさいよ?」
「随分若いって・・何よそれ!シンとはたった二つしか違わないんだからね?!」
「いいじゃん、照れるなよ、お母さんに会わせに来た位なんだから、弟に会わせたっておかしくないだろ?!」
ね、シンさん・・とボクに微笑みかけるマサルは、何だか・・可愛かった。
ボクに対する警戒が、やっと少しは解けたのかな?
そのためなのか、ボクは申し訳ない気持ちを味わっていた。
オレ、彼氏じゃないんだけどな・・・。
家族中に誤解されて朝帰りが既成事実になってしまうと、本当はボクは・・とは、とてもじゃないが言い出せる雰囲気ではなくなっていた。
「勝、ほら、もう1回いくよ?!」
ボクの顔色を伺っていたリエ坊が気を利かせてくれたのか、マサルの話を途中で断ち切った。
「ほいほい、オッケー!」
和解
結局トリオでの練習は「だめ、腹減ったからオレ、もう行くわ!」とマサルがリタイアして出て行った夕方まで続いた。
「しょうがないね、アイツは・・」リエ坊はそう言いながらも、少し疲れた様に見えた。
「大丈夫?疲れたんじゃない?」
「うん、お昼そんなに食べなかったからお腹空いちゃったみたい」
リエ坊はベースをスタンドに立てかけて、またアンプに腰かけて情けなさそうに笑った。
「あ、お母さんが持たせてくれたヤツ」
ボクは、バッグに入れっ放しだったピザを思い出した。
取りだした時すっかり冷えてカチカチになっていたが「はい、これ」リエ坊に1枚渡し、ボクらはそのまま齧った。
「あ、冷めても美味しいね、このピザ」
「うん、お母さん・・ピザの生地はいつも自分で作って冷蔵庫に入れてあるの」
「私も勝も、大好きだからさ」
リエ坊は硬くなったピザを齧りながら、俯いた。
「どうか、した?」
「お母さん、寂しかったんだろうなって」
「私が目を合わせなかったり、一緒に出かけなくなったりしてさ・・」
「だって許せなかったんだもん、浮気なんて!」
リエ坊は、ポロっと涙を流した。
「リエさん・・」
「でも私、もう同じなんだよね、お母さんと」
「え?」
「シンに、彼女・・裏切らせちゃったでしょ?自分の事ばっかり考えてさ」
「お母さん責める資格なんて無いんだ、私・・・」
「・・・・・」
ボクは、齧りかけのピザを持ったまま静かに涙を流すリエ坊を見つめる事しか出来なかった。
「私さ・・」
「さっきまで自分は間違ってないって、思ってた」
「・・うん」
「でもさ、アパートに行く途中、シン・・言ったでしょ?」
「何て?」
「オレが教えるってコトは、彼女を裏切る事になるんだよ?って」
「うん、言ったね」
私ね・・リエ坊はピザを一口頬ばって、ゆっくり続けた。
「自分さえ納得してれば、いいんだと思ってた」
「シンに彼女がいてもいなくても・・ごめんね?!」
「ううん・・」
「でも、自分の我が儘を通す事で人を裏切っちゃう・・裏切らせちゃう事もあるんだね」
「シンとお母さん、同じ立場なんだって、さっき気付いたの」
「リエさん・・」
浮気した母親を責めてたくせに、自分もボクに同じ事をさせて・・母親を責める資格なんてありゃしないとリエ坊は泣きながら冷えたピザを頬ばった。
モグモグと動くリエ坊の頬に涙がまた、一筋流れた。
ボクは、そんなリエ坊を見ながら何故か・・タカダの顔を思い出していた。



