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長浜くろべゐ
長浜くろべゐ
novelistID. 29160
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ノブ ・・第3部

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ボクが3枚目のピザを取ろうと手を伸ばした時「シン、行こうか!」と言ってリエ坊が立ち上がった。
「・・え?リエさん」
「私も・・もういいわ、お腹一杯・・」
「・・・」

「練習始めよ?!」有無を言わさぬリエ坊の表情に、ボクは黙って頷くしかなかった。

「ご馳走様でした、美味しかったです、ほんと」
「あら、もういいの?」
じゃ・・とお母さんは急いでピザの残りをアルミホイルに包んで、ボクに持たせた。

「これなら練習しながらでも食べられるでしょ?若いんだから・・・食べて下さいね」
「はい、有難うございます」

シン〜?何してるの?!と玄関の方でリエ坊がボクを呼んだ。

その声に苛々したものを感じて、ボクはお母さんに頭を下げて急ぎダイニングを後にした。

リエ坊は玄関でベースを抱えて、足元を見つめていた。
口元をグっと硬く結んで・・それは怒っているというよりは、寂しそうな表情に見えた。


ボクがスニーカーを履いている間、リエ坊は玄関の扉を開けて空を見た。

半分開いた玄関からは真っ青な空が見えて・・・蝉の合唱が流れ込んで来た。

「あっついね、全く・・」
「リエさん・・」
「小屋に行こ?シン」

小屋・・?あ、タカダが言っていた練習のためのプレハブの事か・・とボクはリエさんに続いて外に出た。
途端に夏の日差しが降り注いで、ボクは軽いめまいを感じた。

玄関を出て芝生の上を屋敷沿いに右に歩き、屋敷の角を曲がると小さなプレハブ小屋が建っていた。

リエ坊は小屋を開けて「さ・・・」とボクを促した。

「・・うん」ボクも続いて中に入った。

6帖程の広さなのだろうか・・・小さな窓にはカーテンが下ろされ、熱気が籠っていた。

「今、エアコンいれるからね・・」
リエ坊がスイッチをいれ、小屋の中が明るくなり、ウイ〜ンとエアコンが唸りだした。

大きなベースアンプが1個、ギターやキーボード用のアンプが3個・・・そして部屋の右3分の1を、立派なドラムセットが占めていた。
そして、マイクスタンドや譜面台、キーボードまであった。

「凄いね、全部・・揃ってるんだ」
「5人までなら練習出来るよ、ここで」

そう言ったリエ坊の声は、何故か張りが無かった。

リエ坊はベースを壁に立てかけて、アンプの上に腰掛けてため息をついた。

「どうしたの?何か、変だよ?」

「うん、ごめんね・・」
「恥ずかしいとこ見られちゃったね、さっきはさ」

「弟さん・・マサル君が言ったコト、気にしてるの?」
「ううん、違う、アイツが言うのは尤もなのよ、筋が通ってる」
「じゃ・・」

そう、お母さんよ・・とリエ坊はボクを見つめて言った。

「普通じゃないでしょ?うちのお母さん」
「娘が無断外泊して、挙句に男連れて来て・・あ、ゴメンね?こんな言い方して」
「ううん、事実だから」

「ありがと・・でもさ、怒られて当たり前なのに浮き浮きしちゃってさ?!」
「私、分かんないよ、あの人が」
「そんなに、私が男の子連れて来たのが嬉しいのかな・・」

リエ坊は俯いて、セーラムに火を点けた。
メンソールの香りがエアコンの風に乗って、小屋中に拡がった。

「奥で2人の時、何か言われた?」
「うん、おめでとうって・・」
「素敵な彼じゃないの、嬉しいわ、お母さん・・だって」

「私さ、まず怒られる・・って思ってたの。そしたら、ちゃんと言い訳も用意してたのに」
「それがいきなり、おめでとう・・だもん」

ボクは少し、考えた。
「多分、だけどさ、いい?」

リエ坊が顔を上げてボクを見た。

「お母さん、リエさんが1人で帰ってきてたらもっと怒ってたんじゃないのかな?」
「・・そうかな」
「うん、でも・・あれ?誰か一緒だけど・・男の子?!って、半分パニックだったんじゃない?!」

「パニック?」
「うん、だって予想もしない展開って誰だって慌てるじゃん」
「そりゃ、そうだけどさ・・」

あとね、考えたんだけど・・ボクは自分の考えを整理しながら、ゆっくり話した。

「リエさん、嫌いになったって言ってたでしょ?」
「うん、知っちゃってからね」
「態度に出てたと思うんだ、自然に」

「私の?お母さんに対する?」
「うん、違う?」
「・・分かんない、でも出ちゃってたのかもね・・」
浮気を知る前と後では・・と、リエ坊は煙をゆっくりと吐いた。

「親なんだからさ、娘のそんな態度の変化に気付かない訳ないじゃん!」
「・・そう、かな」
「うん、多分ね」

そして、恐らく母親は態度が変わった娘を理解出来ずに・・でも、どうしていいのか分からずにいたんだろう。
まさか自分の浮気が原因だとは考えなかったに違いない、とリエ坊に言った。

「でね、娘が初めて無断で外泊してさ・・怖かったと思うよ?内心」
「事故か事件か・・・弟さんが言ってたけど、頭をよぎったんだろうね」
「そんなに?」
「だって、今までには無かったんでしょ?こんなコト」

「うん、昨日が初めてだよ、勿論」
「そこにさ、昼過ぎて娘が取り敢えずは元気に帰ってきて、おまけまでくっつけて・・」
「・・ホっとしたのと、ワケ分かんないのと合わさってパニックって感じじゃん?きっとさ」
「そうなのかな・・」

「あと、もう1つ」

「聞かせて」
「うん、推測だけど・・・言ってたでしょ?お母さん」

「ボーイフレンドを紹介してくれて嬉しい!って」
「言ってたね、そんな事」
「きっとさ、リエさんがお母さんにオレを会わせるために連れてきた、連れて来てくれた・・って思ったんだよ」

「それってさ、態度が変わってしまった娘からの歩み寄りみたいに感じたんじゃないの?」とボクは続けた。

「だから、あんなに嬉しそうにお昼用意してくれたんじゃないのかな・・・オレ、ビックリしたもん!」

リエ坊はゆっくりと顔を上げて、ボクを凝視した。

「私が、お母さんに歩み寄る・・許すって事?」
「うん、言い方変えれば、リエさんの行動がお母さんを喜ばせたんじゃない?!」

そうか、私が彼氏を紹介するってコトは、お母さんを・・・リエ坊が遠くを見ながら独りごちた。

「ごめんね、生意気だったら・・・すんません」ボクは言ってしまってから後悔した。
人の心なんて分かるワケないのに、何でこんなに偉そうに話してるんだ?ボクは・・・。


小屋の中が大部涼しくなってきて、ボクはやっと、色んな汗が引いたのを感じた。

「でも、凄いね・・ココ」
「外の音、全然聞こえないんだね、防音?」

「・・うん、そうじゃなきゃ中の音も漏れちゃうからね」

そう言いながらリエ坊は、ボクに顔を向けた。

「シン、有難う!」
「・・え?」
「そう言われれば、何か・・そんな気もしてきたよ」

「お母さん、ホッとしたのと嬉しいのとで、あんなにはしゃいじゃったのね・・きっと」
「何か、少しスッキリしたよ、シンに言われて・・」
リエ坊はやっと、いつもの笑顔に戻って言った。

「多分・・だけどね」ボクはボクで、リエ坊の笑顔を見てまた違う事を思っていた。

「リエさんさ、やっぱお母さん、大好きなんだね?!」
「え、何で?」

「だって、怒ってくれなかったって言ったじゃん」
「うん」
「それって、好きって事でしょ?相手をさ」
作品名:ノブ ・・第3部 作家名:長浜くろべゐ