ノブ ・・第3部
とは言ったものの・・何かさっきから緊張してしまって、ボクは食べられるかどうか不安だった。
「あのさ〜?」
今度は弟がキッチンの奥から声をかけてきた。
「コーラとビール・・どっちにする?」
「バカ、まだお昼でしょ?ビールなんて飲むワケないじゃん!」
リエ坊が、キッチンに向かって言った。
「姉ちゃんには聞いてね〜よ、彼氏にだよ!」
「・・は?オレ?」
「うん、飲む?ビール・・冷えてるよ?!」
どうしよう・・ボクはリエ坊に目で訴えた。
リエ坊はそんなボクの気持ちを汲んでくれたのか・・大きな声で言ってくれた。
「ダメよ、これから練習するんだから!」
ふ〜ん・・・それきり、弟は静かになった。
さぁさ、頂きましょうね・・とお母さんが大きな丸いお皿を持ってきた。
美味しそうなピザが載っていた。
「もう1枚、もうすぐ焼けますからね?!」
そう言ってまたキッチンに戻り、今度は人数分のサラダ・・また戻って、今度はスープを。
テーブルの上には、大きなピザを中心に、サラダとスープが並んだ。
「どうぞ、召し上がれ。簡単なもので申し訳ないですけど・・」
「あ、はい・・頂きます」
弟がコーラとビールの瓶、グラスを二つ持ってきてリエ坊の隣に座った。
「・・はい」
「有難う」ボクの前にコーラとグラスを置いて、弟はビールを手酌して一気に泡ごと飲み始めた。
ちょっと、美味そうだな・・とボクはリエ坊を見たが、リエ坊は知らん顔でサラダを突いた。
ボクはピザに手を伸ばして、切れ目が入った1枚をとった。
ピザは、薄切りのサラミとトマト、マッシュルームが載っていて・・それらが少し焦げたチーズと相まって美味しかった。
白っぽいスープも食べた事ないヤツで冷たくてサッパリしてて、不思議な味だった。
「・・これ、何ていうの?」
「これ?ビシソワーズ・・かな?」
「ふ〜ん、びしそわーず・・・」ボクはその初めての味に、ちょっと驚いていた。
ジャガイモ?でも、何だろう、この感じ・・・。
「それさ・・」弟がビールのグラスを置いて、サラダを食べながら言った。
「夕べ、オレ喰い損ねたんだよな」
「何でよ・・」
「手伝ったんだよ、ジャガイモすり潰したり・・色々さ」
「でも姉ちゃん、とうとう帰って来なかっただろ?」
「母さん、心配してさ・・これは梨恵子が帰ってきてから頂きましょうって」
「全く、電話くらい入れろよな?!」
いい年して親に心配かけてんじゃね〜よ・・と言って、弟はグ〜っとビールを飲み干した。
「うるさいわね!」
「いいじゃない、外泊位したってさ!何でアンタに文句言われなきゃいけないのよ!」
「こっちにトバッチリが来るって言ってんだよ、母さんは心配して部屋中ウロウロしちゃってさ・・」
ひと晩中、落ち着かね〜ったらありゃしない・・と弟はボクの方をチラっと見て、すぐに目を逸らせた。
「何か事件とか事故だったら家に連絡来るから、落ち着きな?って・・・」
「宥めるの大変だったんだぜ?分かってんのか?その辺!」
「そんな事言ったって・・・」旗色はリエ坊の方が確実に悪かった。
確かに、いい訳なんか出来ないよな、昨夜の場合は。
「・・はいはい、焼けましたよ〜!」その時、お母さんが2枚目のピザを持って現れた。
「あら、どうしたの?早く食べないと・・冷めちゃって美味しくなくなっちゃうわよ?!」
「はい、頂きます・・」
ボクはもう一切れ、取り皿にとった。
「ほら、梨恵子も勝も・・・」
「オガワさんも、沢山食べてね?」
はい・・と答えたものの、2人の雰囲気が険悪だったから、ボクはもっと落ち着かなくなっていた。
「お母さん・・」リエ坊が口を開いた。
「連絡もしないで心配かけちゃって・・悪かったわ」
「あら、いいのよ、そんな事・・」
「そりゃ心配はしたけれどね、それよりお母さん、ビックリしちゃって」
「・・・ビックリ?」
「そうよ、電話も無しに外泊したと思ったら・・こんな素敵なボーイフレンド連れて来てくれて!」
「何だか、お母さんまでウキウキしちゃうわ!」
お母さんはボクの方を見て、微笑んだ。
素敵って・・ボクはどんな顔をしていいのか分からずに黙って下を向いてピザを頬張った。
「はぁ〜?何だそりゃ・・」マサルがため息を吐いた。
「あれだけ心配してて?ウキウキって何だよ、母さん!」
「何でもっと怒らないの?無断外泊だよ?姉ちゃんは・・・」
「・・そりゃ、無断はいけないけれどね・・」
「だって、梨恵子・・・バンドのお仲間さん以外に男性のお友達紹介してくれた事ってないでしょ?」
「梨恵子もお年頃なのに・・そっちも心配だったのよ?」
「でもボーイフレンドと一緒に帰ってきて、こうしてちゃんと紹介してくれたんだから・・」
「嬉しいわ、お母さん!」
お母さんはリエ坊に微笑みかけたが、リエ坊は硬い表情のまま・・視線を合わせなかった。
「もういいや、馬鹿バカしい・・」
マサルはスープとサラダを平らげて、取り皿にピザを3枚載せてグラスを持ち「じゃ、オレ部屋行くわ」とダイニングを出て行った。
意外な展開に、ボクは身の置き場を完璧に無くしていた。
どうしたらいいんだ?こんな場合・・。
「あの〜」
「なぁに?」
「済みませんでした、電話も入れずに・・その・・」
「いいのよ、もう。さ、召し上がって?」
「はい・・」
ボクが3枚目のピザを取ろうと手を伸ばした時「シン、行こうか!」と言ってリエ坊が立ち上がった。
「・・え?リエさん」
「私も・・もういいわ、お腹一杯・・」
「・・・」
「練習始めよ?!」有無を言わさぬリエ坊の表情に、ボクは黙って頷くしかなかった。
「ご馳走様でした、美味しかったです、ほんと」
「あら、もういいの?」
じゃ・・とお母さんは急いでピザの残りをアルミホイルに包んで、ボクに持たせた。
「これなら練習しながらでも食べられるでしょ?若いんだから・・・食べて下さいね」
「はい、有難うございます」
シン〜?何してるの?!と玄関の方でリエ坊がボクを呼んだ。
その声に苛々したものを感じて、ボクはお母さんに頭を下げて急ぎダイニングを後にした。
リエ坊は玄関でベースを抱えて、足元を見つめていた。
口元をグっと硬く結んで・・それは怒っているというよりは、寂しそうな表情に見えた。
ボクがスニーカーを履いている間、リエ坊は玄関の扉を開けて空を見た。
半分開いた玄関からは真っ青な空が見えて・・・蝉の合唱が流れ込んで来た。
「あっついね、全く・・」
「リエさん・・」
「小屋に行こ?シン」
小屋・・?あ、タカダが言っていた練習のためのプレハブの事か・・とボクはリエさんに続いて外に出た。
途端に夏の日差しが降り注いで、ボクは軽いめまいを感じた。
玄関を出て芝生の上を屋敷沿いに右に歩き、屋敷の角を曲がると小さなプレハブ小屋が建っていた。
リエ坊は小屋を開けて「さ・・・」とボクを促した。
「・・うん」ボクも続いて中に入った。
6帖程の広さなのだろうか・・・小さな窓にはカーテンが下ろされ、熱気が籠っていた。
「今、エアコンいれるからね・・」
リエ坊がスイッチをいれ、小屋の中が明るくなり、ウイ〜ンとエアコンが唸りだした。



